溺愛は蜜夜に始まる～御曹司と仮初め情欲婚～

「ひったくりに襲われて意識を失ったんだよ。そのとき俺が折原さんのスマホに電話をかけていて、警察の人がそれに出てくれたんだ。救急車で病院に搬送するって言われて、慌てて駆け付けたんだ」
「ひったくり。そうだった……家に帰る途中でぶつかって」

次第に記憶がよみがえり、暗闇の中ひったくりとぶつかったときの痛みと恐怖を思い出した。

「や……あ……」

梨乃は倒された衝撃と地面の冷たさ、そして梨乃に馬乗りになり無理矢理バッグを取りあげようとした犯人の荒々しい声を思い出した。

「こわい……」

犯人の顔は覚えていないが、だからこそいっそう強い恐怖が梨乃の中に残っている。
あっという間に地面に倒れ、ひったくりは梨乃の腰を蹴りあげ馬乗りになった。

「や……こわい」

トクトクと心臓が大きく音をたて、唇の震えが止まらないばかりか吐気も感じる。
襲われた直後よりも安全な状況にいる今の方が、強い恐怖に体が支配されているようだ。

「大丈夫だ」

声を震わせ目をぎゅっと閉じた梨乃の手を、侑斗が強く握りしめた。

「なにも考えるな。俺がついてるからもう大丈夫だ」