あなただけのチアになりたくて……

 翌日の夕方、わたしはお隣の家のチャイムを鳴らした。

「あら光代ちゃん。亮平ね、いま呼ぶから」

 亮平のお母さんは大きな声で呼んでくれた。

「光代、どうしたんだよ? その顔……」
「え? なにか変?」

「変どころか、手は傷だらけだし、目の下にクマは出来てるしさ」
「えへへ……」

 恥ずかしい。そんな基本的な身だしなみも忘れていたなんて。

「きっと、マネージャーさんからは貰ってると思うけど、わたしからもいい?」

 大急ぎで仕上げたお守り。隣の県にある勝負の神さまがいる神社まで買いに行って、その外袋に名前を刺繍をした。

 教えて貰ったばかりで慣れないことだったけれど、一針一針縫っていった。

 何度も失敗して、なんとか満足できるまで仕上がったのが、本当についさっき。


 こうして話していられるのも今日までだよね。
 明日出発してしまえば、わたしたちはフェンス越しでしか顔を見ることが出来ないから。

「怪我……にだけは気をつけてね」
「大丈夫。控えにはそんな心配もないさ。光代も暑さで倒れるなよ?」

 夏の甲子園のアルプススタンド、日差しを遮るものもなく、本当に暑いと聞いている。


「一緒に、頑張ろうね……」
「もちろん。今日はちゃんと寝ろよ?」
「うん」

 なんとか間に合った……。現地での練習中はわたしたちはまだ出発していない。だから、わたしの代わりを渡したかったんだ。




「ねえねぇ、光代ちゃんて、亮平くんと付き合ってるの?」
「へ?」

 甲子園に向かうバスの中、女子だけのチアリーディング部のバスは賑やかだった。

「うーん、付き合ってるわけじゃないかなあ。幼馴染みっていうか腐れ縁だからね」
「でも、光代ちゃんたち見てると、もう焦れったいくらいなんだけど……」
「そう見えるんだぁ……」

 そうなのか。でもわたしはこれまで亮平にそんな思いを打ち明けられたことも無かったし、わたしからもしていない。



 正直、この夏が終わった後、わたしたちがどうなるのかすら分からない。もっと先に進めるのか。それともここでわたしたちの関係までもが終わってしまうのかすら分からない。


 いつまでもこの夏が続けばいいのに……。それがわたしの今の心の内だった。
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