あなただけのチアになりたくて……

 亮平たちの試合は、大会初日の第2試合。

 他の生徒は入れなかったけれど、わたしたちチアリーディング部は外野スタンドで開会式を見ることが出来た。

 やっぱり広い。テレビで見ているのとは違う。ここが目指してきた舞台なんだ。

 でも、こんなに広いと声が届けられないかもしれない。

 開会式の入場行進、やっぱり表情が硬いな。仕方ないよね。初めての大舞台なんだし。
 あそこに並んでいる選手たちの中にお隣の幼馴染みがいる。もうそれだけでもこみ上げてしまいそう。

 そう、亮平があそこにいるのは、わたしをこの場所に連れてきてくれるため。
 だから、わたしは精一杯に声を上げればいいんだ……。


 試合はなかなか動かなかった。


 お互いに守りのチームだから、それほど多くの点差はつかない。1、2点の勝負になるだろう。どちらかミスをした方が負けてしまう。そんな緊張した試合になった。

 7回、死球(デッドボール)を与えてしまってから、ついに試合が動いた。
 バント2回でツーアウト走者(ランナー)3塁。
 スクイズもタッチアップもない。でも外野に抜けたら点が入る。

 そんなとき、タイムがかかった。
 背番号18番、亮平がマウンドに伝令で向かう。


 ピッチャーは2年生の後輩だもの。こういう間合いが大事なんだと、これまでの2年間の試合を見てきて覚えている。


 それに、こんな時でも亮平は笑顔だった。後輩の肩をたたいて、力を抜けと言っているのが分かった。

 いつも緊張してしまうわたしを、ふざけるように笑わせてくれた亮平。そうやってわたしを落ちつかせてくれていたんだ。

 そう、そんな亮平にわたしは支えられていたんだもの。


 結果的に、次の打球が三遊間を抜けてしまい、1点を失った。


 残りは3回。1点は野球にとって決して大きな得点差じゃない。でも、それがとてつもなく遠い1点になるときもある。


 そのまま回は進んで、9回裏の攻撃。

 6番からの下位打順だったけど、代打攻勢が効いて、初球のヒット、バントで進めて、二塁。そして、もう一人が犠打で進塁。

 でもアウトカウントはすでに二つ。

『ここで選手の交代を申し上げます。9番、小松君に代わりまして、9番、遠藤くん。背番号18』

 祈るように目をつぶっていたわたしの顔がパッと上がった。

 どのみちこれが最終回。監督としても、全部使い切るつもりなのかもしれない。

 わたしにとって、その瞬間は本当に夢のような時間だった。

 子どもの時に見ていた、あのテレビのシーン。バッターのアップと、スタンドの応援団のアップ。

 テレビカメラが、わたしの顔を撮っているのが分かる。だって、幼馴染みがいまバッターボックスにいるんだよ。あれだけ公言していたんだ。きっとそのエピソードも流れているに違いない。

 恥ずかしい話じゃない。亮平もわたしも甲子園(ここ)にいる。同じ舞台に立てているんだもの。

 空振り、ボール、見送り、ボール。

 1球ごとに球場全体の空気が揺れるのを肌で感じる。

 そう、ここで長打が出れば同点からサヨナラまでいろんなケースが考えられるから、目を離してなんかいられない。

 5球目、ピッチャーが腕を振る。
 亮平は動かない。

『ボール』
 異常なほどのどよめきと皆が息を吐くのが分かる。フルカウント。

 あの状態で手を出さない。追い込まれたこの状況で物凄い精神力だと思う。コースだってたぶんギリギリなんだろう。

 亮平が手を上げてバッターボックスを外した。
 一度間合いをとりたいんだろう。

「亮平っ!!」
 その瞬間、思わずありったけの声で叫んだ。

 もちろん、球場全体の大歓声の中で届くはずがないと思っていた。

 でも、彼はわたしを見つけてくれていた。わたしの方を向いている。
 きっと、わたしにだけ頷いてくれたと思った。

 再びバッティングスタイルに戻る。

 1球、ファール!
 さらに1球! ファール! 打ち上げたボールがアルプスまで飛んでくる。

 大丈夫、タイミングあってる。

 3球目、金属バットの鋭い音が響いて、大歓声が沸き上がった…………。
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