アフター5はメガネをはずして
あかりさんが任されているクラブの名前は「アルデバラン」。
兼業許可申請書には、会社名と会社所在地、業務内容と申請理由の項目がある。
(これは……! 誤魔化そうと思えば、誤魔化せるかも?)
私は一縷の望みを胸に、人目につかないよう、こそこそと隠れて記入を続ける。
業務内容には接客業とだけシンプルに記入し、申請理由の項目には「母の知人が人手不足で困っておりますので、週末のみの約束で勤務させていただきたく存じます」と、できるだけ丁寧な字で簡潔に書いた。
ひと通り記入が終わり、不備がないか見直していると、デスクに来栖課長が戻ってくるのが見える。
あとは、タイミングを見計らって書類を課長に提出するだけ。
(むしろ、今がチャンスかも?)
昼休みも後半。
席でお弁当を食べている人の数も、なぜか今日はいつもより少ない。
あと5分もすれば、フロアはいつも通り人であふれることだろう。
休みの時間に仕事の話をするのは気がひけるけれど、この機会を逃すのは惜しすぎる。
私は意を決して、課長の元に向かった。
「す、すみません!お昼休みのところ……あの、実はお渡ししたい書類がございま、まして」
噛み噛みになりながら、手にした書類をサッと課長のデスクに置く。
「なんだ? 急ぎか?」
メガネの奥にある課長の涼やかな瞳が、キリッと冷えるのが見てとれた。
「は、はは、はい。あの、ご確認はお昼休みが終わってからで、全然、全然構いませんので!」
バクバクと高鳴る心臓をなだめながら、汗ばんだ手を制服のスカートでこっそりと拭う。
(こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい)
勢いで提出してしまったけれど、もっと入念にシミュレーションしてから挑んだほうがよかったかもしれない。
涙目になりながら、課長の反応を伺う。
1秒が1分よりも長く感じられる。
「……わかった。これは私から人事へ提出しておく」
課長はざっと内容に目を通すと、引き出しから判子を出し、書類の捺印欄に手際よく押した。
「あ……」
目の前で起きている現実が、にわかには受け入れられない。
私の兼業許可申請書はあまりにもスムーズに、そしてあまりにもあっけなく受理されてしまった。
「……まだ何かあるのか?」
ぽかんと立ち尽くす私を、怪訝そうに見上げる課長。
「あ、い、いえっ! なんでもありません! あ、あ、あ、ありがとうございましたっ!」
私は急いで課長に一礼すると、慌てて踵を返す。
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