アフター5はメガネをはずして
「あ、そうだ! 麦ちゃん靴のサイズは?」
「えっと……パンプスだったら24、5です」
「あら、意外に大きいのね。でもそうよね、身長がそんなに高いんだものね」
あかりさんはスマホのメモ機能にいそいそと数字を打ち込み、次いで私の全身をまじまじと見つめた。
「そのメガネは、伊達メガネなんでしょう? お店ではメガネを取って出勤してもらいたいんだけど、大丈夫?」
「はい。むしろメガネありで出勤したら、会社の人にもろバレしちゃうし……」
「そうよね。ありがとう、私もそのほうが助かるわ。あとは……」
さめざめと泣いていた姿からは、想像もできないくらい、今のあかりさんは瞳に自信がみなぎっている。
その姿は才能と美貌を存分に活かし、溌剌と働く自立した女性そのものだった。
(あかりさんが私と同じくらいの年の頃って、一体どんな生活を送っていたんだろう)
ぼんやりと、そんなことを考えていると……
「お店での源氏名ねぇ!」
パッと明るい声で、あかりさんが言い
「そうねぇ、源氏名は大事よねぇ!」
あかりさんが“源氏名”とつぶやいた途端、店の片付けをしていた母が、たまらずといった体で口を挟んだ。
「お店での名前って、そんなにこだわるものなの?」
一時的な仮の名前なんだから、本名でなければなんでもいいと思っていたけれど、ホステスにとって源氏名とは、自分の人気を左右するほどのもの。
つまり、命運を握るといっても過言ではないほど、重要なものらしい。
「他の女の子たちが使っている名前は、基本的に使用NGだしね」
「あ……そうか。確かにそうですよね。名前がカブると、ややこしいですもんね」
「何がいいかしら~、麦ちゃんの源氏名~」
ウキウキとした様子で、母とあかりさんが相談を始めた。
「どうします、ママ」
「そうねぇ……」
しばらくああでもないこうでもないと、2人で娘のように盛り上がっていたが、不意に母が「あ!」と声をあげた。
「ねぇ、あかりちゃん。あかりちゃんのお店にナツメって名前の子はいる?」
「ナツメ……ですか。ナツメは今も昔も、店に在籍はしていないと思います」
あかりさんの返答を聞くなり、少女のようにパッと顔を輝かせて、
「じゃあナツメ! ナツメで決まりだわ!」
と、母が大きく頷いた。
「そうですね! まず、響きがかわいいし、それでいて、知的な印象もあるから麦ちゃんにぴったりだし。いい名前ですね!」
あかりさんも力強く拳をにぎっている。
そんなこんなで、満場一致により(当事者を除いた2人のみだけど)私の源氏名はナツメに決まった。
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