アフター5はメガネをはずして
革命が起きた日
そんなこんなで、あっという間にやってきた金曜日。
定時ダッシュで会社を出た後、私は単身、地下鉄に揺られながらホステスの聖地・銀座を目指している。
事前にあかりさんにメールで教えてもらった、店の場所や勤務の内容、ルールなどを何度も読み返し、今日のこの日のためにできる限り備えてきた。
課長に申しつけられた作業も、なんとか無事に済ませることができた。
(社会人生活始まって以来の、超絶ハードなスケジュールだったわ……)
7年分の取引先の営業担当の名前、現在の配属先、勤務地、連絡先をまとめたファイルをメールに添付して送信し、すぐさま「先程お送りしたので」と報告にあがった私を、課長は満足げな表情で眺めた。

「月曜日までに確認して、漏れや要修正箇所があれば、追って知らせるから」
「は、はい!」
「お疲れ様」

あの時ほど、誰かからの『お疲れ様』の言葉が嬉しかったことはない。
でも、それもこれも、すべてあかりさんのため。母のため。
そして、ひいては自分のため!
私はいわゆる、ベテラン勢の「あとは先輩の動きを見ながら、現場で覚えていけばいい」という考えに、混乱してしまうタイプだ。
「こういうときはA、こういうときはB」と、何事もマニュアル化してほしいし、できれば「よくある質問・トラブルシューティング」の項目は、どこよりも充実させておいてほしい。
ただでさえ冷静さを失いやすい性質だから、不安の芽は摘めるだけ摘んでおきたい。
心づもりと心構えを入念に準備して、戦場に赴きたいのだ。
時間があれば、業界でいうところの“ヘルプ”の求人情報をチェックし、仕事内容や経験者のブログを血眼になって検索した。
その甲斐あってか、ここのところスマホでネットサイトを見るたびに掲載されるアフィリエイトの広告は、水商売系一色。
(就職活動より、もしかしたら真剣に取り組んだかもしれない……)
大手ネット通販の「あなたへのおすすめ商品」も、露出の多いドレスか元ホステスが執筆した、人心掌握術系の書籍ばかり。
さすがに、それらすべての書籍に目を通すことはできなかったが、目次や後書きなどはチェックして“どのような人物像が求められているのか”を前もって勉強した。
(気に入られようとして、相手に合わせてコロコロ態度を変えるより、ある程度のポジションのお客様には、自分の考えを主張したほうが好印象を与えるのよね)
あかりさんから「ムダ毛処理だけは入念に」と何度も確認されたので、どの角度から見ても大丈夫なように、昨夜母に協力してもらって処理をした。
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