王子に嫌われたい!
王子の求婚とわたし
「ねぇ、サーラ。俺と結婚してください」
銀髪サラサラで、アメジストの瞳を持つ、キラッキラのこの国の王子さまは、まるで映画か何かで見た様に片膝をつき、私の手を取って求婚してくる。
そんな彼を冷めた目で見下ろしながら、いつものように私は間髪入れずお断りの科白を吐いた。とても迷惑そうに顔を顰める事も忘れずに。
「心よりお断り申し上げます」
「え?その言い回しおかしくない?」
「全くおかしくありません」
握られたままの手を無理矢理引っこ抜き、自分の部屋へ戻る為に踵を返した。
「サーラ、俺のどこが気に入らないの?」
その言葉に私は、少し低めの声で冷たく言い返した。
「私、しつこい男は嫌いなんです」
彼は驚いたように綺麗な目を見開くが、そんなことはお構いなしだ。
いまだ跪いている王子を、氷の様な冷たい眼差しで見下ろし「では、失礼」と、にこりともせずその場を後にした。
部屋に戻ると、思いっきりベッドにダイブし、疲れたように大きな溜息を吐いた。
「・・・・いつまで、此処にいるのかな・・・やっぱ、帰れないのかな・・・」
言葉にすると、何だか急に悲しくなって、私は枕をギュッと抱きしめながら顔を埋めひと月前の事を思い返した。
私、葉月桜は二十五歳の普通のOLだ。
勤め先の関係で、実家を離れアパート暮らしをしている。
その日もいつもと変わらず、ごはんを食べてお風呂に入ろうとしていた。
風呂場のドアを開け一歩踏み出したその時、つるんっと滑ったのだ。それはよくあるギャグ漫画のように。
固形石鹸は使っていない。私はボディーソープ派だ。まぁ、固形石鹸を使っていたとしても、入り口付近に転がしておくなど、そんな間抜けな事はしない。
お風呂場の床だって、毎日・・・とまではいかないが、力を込めて掃除している。滑って転んでしまうほど、汚れてはいなかったはずだ。
なのに、滑ったのだ。
「え?」と思った時には世界は反転し、一瞬にして景色が変わった。
本来見えるはずの天井とか脱衣所ではなく、何故か私は落下していた。勿論、真っ裸で・・・・
しかも落ちた先が戦の真っ最中の、王子の目の前だったのが運の尽き。
結果的に、王子が相手にしていた兵士の上に落ちて、彼を助ける形となってしまったのだ。
周りに血まみれの死体は転がっているわ、武器をもった男達しかいないわ、一斉に注目されてるわ、自分は全裸だわでパニック状態になり、思いっきり悲鳴を上げた。
そんな私を隠すように王子はマントを頭から被せ「大丈夫だよ」と言いながら、私を守ってくれた。
その声がその場に似つかわしくないくらい優しくて、何だか安心した所為か、正直、途中からの記憶が無い。
そして、気が付いたら立派な部屋に寝かされていた。
目覚めてからも何が何だかわからず、呆然とする私に説明してくれたのが、戦から助けてくれたその人だ。
この国はアルム王国と言い、自分を助けてくれたのはこの国の第一王子であるアリオスだった。
見目麗しいその容姿は、まさに芸術の域。
まず自分の世界ではあり得ない容姿だと思う。しかも、アルム王国なんて聞いたこともないから、所謂、異世界なのだろう・・か・・
全くもって信じられない・・・・
ひたすら呆然とするしかない私に向かって彼・・・アリオス王子は優しく蕩ける様な笑みを向けてきた。
そして、片膝をつき私の手を取って「俺と結婚して下さい」といきなり求婚してきたのだ。
この現実さえ受け止めきれていない私に、追い打ちをかけるかのような求婚。
考える間もなく「嫌です」と口にした私を、今でも偉いと思う。よくやった、私!
だが、彼は諦めるという事を知らなかった。
毎日毎日飽きもせず求婚してくる。今では「おはよう」の挨拶的な感覚だ。
初めのころは、正直、ドキドキしたし、悪い気もしなかった。それは仕方ない事だと思う。
だって、本当に見た目は綺麗なんだもの。
でも、次第に疑問も沸いてくる。
「なんで私なの?」と。戦場に偶然落ちてきて、結果的には助ける形にはなったけど、でも、それだけだ。
しかも、外見だって私は十人並だ。この世界の住人の方が断然、綺麗なのに。
何で私にこれだけ固執するのか聞いたことがあった。
「君は運命の人だから」
その答えは、私の地雷を見事に踏みぬいたものだった。
それは単に私の八つ当たりの様なもの。
「君は俺の運命の人だ」なんて言いながら口説いて来たくせに、他に好きな女ができたとたん「俺の運命は別の人と共にあった」なんて陳腐なセリフを残し去っていった昔の男を思い出し、ムカついてしょうがないだけ。タダそれだけの事だ。
大学生の頃、初めて付き合った男で、口説かれるなんて初めての事だったから舞い上がってしまった自分も悪いのだ。
だから、アリオスには何の落ち度もない。
でも、それを教訓として簡単に「運命」なんて言葉を口にする男は信用できない、というのが私の中で出来上がってしまっていた。
これはしょうがない。うん、同じ轍を踏まないための自衛手段なのだから。
一瞬、頭に血が上ったけれどすぐに冷静にり、おかげで醜い八つ当たりはせずに済んだ。
ただ私の表情筋は死んでしまい、能面になったことは言うまでもない。
おかげさまで、日々飽きることなく囁かれる彼からの求婚は秒殺。
初めは言葉穢く返していた。粗野な女だと嫌われるため。
でも、何で私が悪者になって嫌われなくてはいけないのか・・・と冷静になり、今では、ほぼ無表情を通している。
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