王子に嫌われたい!
あまりカッコイイ所を見てないからアレ(・・)だけど、忘れてはいけない。アリオスはモテ男だという事を!
私たちの婚約事情なんて知らない世間のお貴族様は、まぁ、納得していないよね。特に、婚約式に招待されなかった貴族たちは。
自分の娘を王子の妃にしたいと思っている輩にしてみれば、燃料タンク的な役割の私でも邪魔な存在な事には変わりない。
正妃は無理でも、せめて側室にでもなって寵愛を得ればって思ってる貴族がことのほか多いのだ。
なのでロックオンされたアリオスは、いつでもどこでもハイエナの様な貴族のお嬢様方に追いかけ回されている。

一度、所謂家族団らんで庭園でピクニック形式に昼食を取っていたら、貴族のご令嬢が数人乱入してきた事があった。
初めはアリオスもやんわりと拒絶していたのだが、あまりのしつこさに珍しく激怒。
それからと言うもの、家族団らん時には来ないが、私と二人の時には遠慮の欠片もないくらい押してくるようになった。時には父親同伴で。
通常、王族居住区以外では城内でもフードで顔を隠しているから、本人の知らない所で『お顔が不自由で人様にはお見せ出来ないのよ』ってなレッテルを張られているようで、自分の美貌に自信のある貴族のお嬢様達は、ずうずうしいなんてものを遙かに超え、グイグイくる。

面倒事に巻き込まれるのは嫌だし、貴族のお嬢様方って性格きついし、関わり合いたくないし、まぁ、何よりも私よりも美人さんの方がいいよね・・・って、どうぞご歓談ください的な事で、私は静かにその場を離れようとするのだけれど、そんな私を見てアリオスはちょっと怒った様な顔をしながら見せつけるように、甘ったるいスキンシップを仕掛けてくるのだ。
初めの頃は驚きと恥ずかしさで、狼狽えていたけど、回数を重ねる度に・・・まずい事に、慣れてきている・・・恥ずかしいのは変わりないけどね。
耐えきれなくてアリオスに訴えれば『状況はどうであれ、俺たちは婚約しているんだから当然の行為だよね』と、しれっと言いやがった。
引き寄せるように腰を抱いてきたり、相手には見えないようにフードを少しずらしながら頬や瞼や何やら・・・とキスまでしてくる始末。
そんな時は、ほぼ無我の境地よ。正気でいたら恥ずかしくて憤死よ!

顔の不自由な私より、貴族の美人さん相手にした方がよいのではないか。正直、あんな攻撃的なお嬢様達と渡り合える気もしないしさ。
私なりに気を使ったつもり・・・と言うのは建前で、面倒事を避けたい私の態度が、リズの怒りを更に買っているのだ。

「恋愛不信なのはわかりますが、そこまでとは・・・・やっぱり、馬鹿だったのですね?貴女の全てが残念だったのですね・・・・嘆かわしい・・・」
「だって、仕方がないじゃない。婚約式の時だって参列した貴族達が私を見た時のあの表情!雰囲気!あんな不細工な女が婚約者?って顔で見てたし!私相応しくないのよ!!」
力説する私にリズは益々、可哀想な子を見るような目を向けてきた。
婚約式の時に招待されたのは、この国の中枢を担う貴族のみで、他の貴族や国民には顔を晒してはいない。
正直、それに関してはほっとしている。こう見えても人見知りだし、この国の人間の美形ぶりを見れば顔を晒して改めて『残念な顔ね』と、とどめを刺されたくない。私、打たれ弱いのよ・・・
「要は全て容姿のコンプレックスからきているのですか?」
「全てではないけどね。容姿もひとつかな?あと、一番はアリオスの気持ちというか・・・行いというか・・・・信用し切れない」
「まぁ、かなり尾ひれのついた噂話が出回っておりますからね」
婚約してからと言うもの、私の耳に入れたいのだろう。そこかしこでアリオスのこれまでの女性関係の話が囁かれているので、本当か嘘かはわからないけれど、把握はしている。
「それに、この国は一夫多妻制でしょ?私のいた国は一夫一妻制だから、正直、受け付けません!」
「彼は、側室はもたないと思いますよ」
「そうかなぁ。女好きって治らないと思うんだよね」
「アリオスは元来女好きではありませんわ。どちらかといえば一途だと思います」
「そうなの?でも、来るもの拒まず去るもの追わずだったんでしょ?何でそうなったかは知らないけど。でも、やっぱ繰り返すと思うんだよね。女好きって」
私は自信ありげにリズを見て頷く。そんな私をリズは、憐れむ様な瞳で見つめてくる・・・
「止めてよ、そんな馬鹿な子見るような眼で見るの」
「実際、馬鹿なのですから仕方のない事でしょう」
「自覚はあるわよ!でも、改めて言われると傷付くのよ!」
「散々、アリオスを傷つけておいて、今更ですよ」
「うっ・・・・ごめんなさい・・・でも、実際の所、彼の奥さんになるのは、私みたいな馬鹿な子じゃなくて、知性と教養を兼ねそろえたどこぞの貴族のお嬢でいいと思うんだけど」
「ですが、アリオスが望んでいるのはサーラ様です」
「そこが、わかんないんだよね~。何で私なの?今まで沢山女の人と遊んでたんなら、私みたいなのにハマらないと思うんだけど」
「・・・・・・・・・・・・」
「それとも、綺麗な人と遊び過ぎて、私みたいな何の特徴もない女に興味が沸いたとか・・・・」

真剣に悩んでいる私にリズは一つ息を吐き、真面目な顔で変な事を言い始めた。


正に『我が耳を疑う』とはこの事だと思う。
彼女が何を言っているのか、理解できなかった・・・と言うよりも、私の頭がそれを理解する事を拒否したからだ。


「確かにサーラ様の顔はこの国の民に比べ凹凸が乏しいです。ですが、それが反対に可愛らしく、柔らかく、可憐に見えるのです」
一瞬、何を言われているのかわからず、私は眉を寄せる。
「この世界でのサーラ様は、美人・・・ではなく、清楚で可憐で愛らしく、恐らく皆が皆、好む容姿をされてるのです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
眉間の皺が更に深くなる。
「・・・・その様な顔をしないでください。言いたいことは、わかります。ですが、これは真実です」

この人、何言ってるの?目、悪かったっけ?――――マジな顔で冗談?

「つまり、サーラ様のお顔はこの国・・・いいえ、この世界の人間であれば百人中恐らく九十九人は好むお顔なのです」
私は無言でリズの額に手を乗せた。
「熱はございません」
「・・・・・じゃあ、私の耳がおかしい?」
「いいえ、サーラ様は何処もおかしくありません」
「じゃあ、この世の人間みんな、ゲテモノ好き?」
「・・・・・言っていて、悲しくありませんか?」
「悲しいけど、悲しい以前にリズが何言ってるのかわかんないんだよね」

まだ首を傾げる私に、リズが続ける。
「婚約式の時に参列した貴族の反応は、サーラ様が言われていた反応とは真逆の反応なのです。その愛らしいお顔に、皆が呆気に取られていたのですから」
そうかな・・・なんか、もの凄く驚いた顔をした後、ふっと視線を逸らされたような・・・・
なんとなくしか覚えていないあの時の事を思い返し、首を傾げた。
その意図を正確に汲み取ったリズが、ちょっと呆れたような困ったような珍しい表情をした。
「参列者達がサーラ様に見惚れていたのに嫉妬したアリオスが、大人げなく睨みを利かせたので、皆が視線を逸らしたのですわ」
「見惚れていたというより、珍獣を見ているような視線だったけどなぁ」
「・・・・あくまでも後ろ向きな考えですのね」
「それに関しては、仕方がないと思う。だって、皆が皆、子供からお年寄りまで美形なんだもん。そんな中で私がモテモテなんて言われて、誰が信じると思う?前にも言ったけど私の容姿は十人並なのよ」

まるで詐欺にでも引っかかってしまったような気分だわ・・・
あぁ・・・そう言えば、ティナも不可解な事言っていたわね。

「・・・・じゃあ、さ・・・ティナが私がいいとか、可愛いとか・・・って」
「はい。その言葉通りです。他の子供達もそう思っていますわ」
ルカ達も?でも、その割にはティナ以外はどこか一歩引いているというか・・・仲は良好だと思うけど、うっすい壁の様なものを感じる時があるんだよね。
だから、まぁ、押し付けるつもりはないけれど、子供達とはスキンシップをなるべく取る様にしていて、彼等が出かけて戻ってきた時には、出来る限り出迎えて抱きしめるようにしている。
これといって拒絶反応は見えなかったから今も続けているけど・・・・
「ティナは幼いので思うままにサーラ様に甘えておりますが、他の四人は、照れが先にきて、上手く態度へと表せないのかもしれません」
「じゃあ、お出迎えのぎゅーとか、皆で雑魚寝とか・・・続けててもいいの?本当は、嫌じゃない?」
「皆、嬉しいと思いますよ?」
「そう、なのかなぁ・・・?」
なんか、ちょっと・・・うん・・・混乱中です。あまりに予想外の展開に、素直には頷けない。
私は自分が人より容姿が優れているとか、悲しいかな一度も思った事はない。
そして何より、こんな美形集団の中に居て、可愛いと言われ『はいそうですか!』なんて喜べるほど、厚顔無恥でもないし。
「今までリズだって私の顔の事、散々言ってたじゃん。それを今更『可愛い』とか言われても、信じらんないし」
「それは、常に顔を隠していなければ、アリオスの事がなくても危険だったからですわ」
つまりは、私が堂々と顔を晒して町中を闊歩していたら、速攻で攫われる・・・と言うのがリズの見解だ。
・・・・なんだか、もう、理解不能を通り越して、疲れた・・・・
「あ~、もう、わかった。全く持って理解できないから顔の事はいいや。疲れた」
何でこんな話になったのか・・・わからん!
考える事を放棄した私に、リズは何かを言おうと口を開こうとしたその時、ドアがノックされた。

「ルカ様とティナ様が、お戻りになられました」
女官がドアを開け、子供達を中へと招き入れると同時に私は立ち上がり、今までなんの事で喧々囂々していたのかすらすっかり忘れ「お帰り~!」と両手を広げた。


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