王子に嫌われたい!
月日は流れ、あれから十年が経ち、今夜はあの時の様な大きな満月が青白く街並みを照らし出している。
二人が名実ともに婚約者となった翌年には結婚し、その五年後にアリオスは国王となった。
今では九才と七才の王子と五才の王女という、三人の子宝にも恵まれ、養子として引き取った五人はそれぞれ独立するくらいに立派に成長していた。
三人の子供達もルカ達の事を本当の兄姉の様に慕い・・・というか、血のつながった兄弟以上に仲が良く、自分でも親馬鹿だと思うが、本当に良い子に育ったと思う。
そして、私たちは親にもなったけれど、嬉し恥ずかし若いおじいちゃんおばあちゃんにもなったのです。
ミリナは二十二才になり四年前に宮廷お抱えの庭師と結婚し、今では一児の母親だ。これがまた、我が子と同じくらい可愛くて仕方がない!
ココとナナは三年前に、騎士団に入団。リズの部下となり、今では私たちの護衛をしてくれている。
ティナは父親でもあるアリオスを支えるべく側近になる為、日夜勉学に励んでいる。
そして一番驚いたのが、ルカ。
何と彼は二年前にリズと結婚。今では一児の父親だ。そして、国王でもあるアリオスの右腕として側近を務めている。
十才も離れている年齢差に周りからは色々言われたが、それらを全て跳ね除け、巷では『難攻不落の姫君』と謳われていたリズをものにしたと英雄扱いだ。
正直、私とアリオスは其々(それぞれ)から相談されていて、やきもきしていたけど、二人が結婚すると聞いた時は涙を流して喜んだことは記憶に新しい。

「何だか、色んなことがありすぎて、どっと年を取った気分だわ・・・」
私は大きな満月を見上げながら盛大なため息を吐いた。
「何を言ってるんだ。サクラはあの頃と変わらず可愛らしいから、未だに俺は気が気じゃないんだからな」
そう言いながら、相も変わらず腰を引き寄せべたべたしてくる、アリオス。
「あのねぇ、私は毎日お肌のお手入れ頑張ってるのよ!小じわとかシミとか豊齢線とか・・・努力してるんですからね!それに比べアリオスってば、益々カッコよくなって・・・腹が立つ!」
私は三十五才になった。そして、アリオスが私より四つも年下だったと知った時の衝撃ときたら。
三十代になったアリオスは、何と言うか・・・男の色気が増してきて、色んな意味でカッコよくなっている。いや、惚気てるんじゃないよ!?
私はと言えば、お肌の曲がり角なんてモノではなく、迷路の様に曲がりまくり、鏡の前で溜息を吐く事が日課となってきた今日この頃だ。
だって、未だに国王の側室を諦めない貴族もいて、ピチピチの若い娘を押しつけようとしてくるんだから・・・気が気じゃない。
「サクラ・・・俺の事カッコイイって、今も思ってくれてるの!?」
私の危惧なんてこの人には一ミクロンだって伝わっていないみたいで、相変わらずのキラキラとした眼差しで見つめてくる。
そんな彼があの頃と変わらず可愛いと思ってしまうのは、本当に私も馬鹿だなって思う。
「かっこいいよ。浮気するんじゃないかって心配するくらいに」
本心を吐露すれば、彼は虚を突かれた様に目を見開き、次の瞬間、正に大輪の花が咲いたかのような誰もが見惚れる笑顔を浮かべた。
「言っただろ?俺の唯一はサクラだって。互いにしわくちゃになろうと、俺はサクラの物であればなんだって愛せるよ。皺の一本一本だって、たるんでくるお腹の贅肉だってね」
「むっ・・・お腹はまだ大丈夫だもん・・・・多分・・・・」
確かに三人も産んでるので、多少は柔らかいものがひっついてるけど、許容範囲だと・・・思ってる。
「それに、北の国の王はいまだにサクラを諦めてないみたいだからね」
そう言いながらアリオスは、私をその胸に抱き込んだ。

当時、私達が結婚式を挙げるという事で、各国の要人が招待されたんだけど、王様が代理を立てることなく全ての国の最高権力者がやってきたの。
多分、珍獣を見に来る感覚だったんだと思うわ。
でもね、皆が皆、何故か私に求婚してきたわけ。当人の結婚式に招待したのに、何で花嫁が参列者に求婚されまくるんだか意味が分かんない。
その中でも一番しつこかったのが、ルカ達の村を全滅させた北の国の王様・・・・
正直好みでもなかったし、ムスファ村の事も知ってたから相手にしてなかったのよね。ところが、拒絶されれば燃える性癖をお持ちなのか・・・いまだにちょっかいかけてくる。
まぁ、一番しつこいのは北の国だけど、実は他の国からも時折、粉掛けられてるのよね・・・・皆さん、ちゃんと正妃がいるのに。
誰が好き好んで愛人になりにいかなきゃいけないのよ。国の王様なのに、馬鹿じゃないの?って呆れてまくっているわ。
「こんなおばちゃんに言い寄るなんて・・・・皆、目が腐れてるんじゃないの?」
疲れたように言えば、アリオスは「何言ってるの!?」と、困った様な怒った様な、なんとも複雑な顔をした。
「サクラはあの頃と比べても、容姿はあまり変わってないんだよ?気付いてた?」
「はぁ?何言ってるの。確実に老化してるでしょ。毎日、鏡見てて思うんだから、間違いないわよ」
「この世界の三十五才と比べたら、サクラなんて二十五才くらいにしか見えないって」
「・・・・・アリオスって目が悪かった?」
知らなかった・・・この世界にも眼鏡が存在するけど、アリオスは付けてないから視力は良いものだと・・・・
何よりも、十才さば読みは・・・ちょっと、きついわ・・・
「違う。俺は目は悪くない。悪いのはサクラが童顔過ぎる事だ!」
「はぁ???私はほぼ年齢と比例してる顔だよ?」
「それはサクラの世界での事だろ?ここでのサクラはまったくもって、可愛いすぎるんだよ!」
「・・・・・???理解不能です」
私の言葉にアリオスは、深い深い溜息を吐いた。
「初めて会った頃は十六、七才くらいにしか見えてなくて、年下だと思っていたのに年齢を聞いた時は皆驚いてたんだから」
「えぇ?それって持ち上げ過ぎ!んなわけないじゃん」
全く冗談きついわ、って笑えば彼は又も深い溜息を吐いた。
「持ち上げてもいないし、冗談でもないよ。だから、未だに各国の王がちょっかい出してきてるだろ?いつまでも変わらず若く可愛らしいその容姿、そして全ての精霊王に愛されし姫君だからね」
そこまで言って、彼は私に触れるだけの口付けを落とした。
「本当にあの時、俺の目の前に落ちてきてくれて・・・神に感謝してもしきれないくらいだ。他の王の元に・・・と、考えただけでも生きた心地がしない」
そう言うと、小さく震えた。
まったくもって、どこまで私にべた惚れなんだか・・・・と、自分で考えて大いに照れてしまう。
「大丈夫!貴方の唯一が私である限り、私の唯一はアリオス、貴方なんだから。心配しないで」
安易に「浮気したら許さないよ?」的な意味も込めて言えば、彼は大きく目を見開き、うっとりとほほ笑んだ。
「何回サクラに惚れ直させる気?ほんっと、無駄に男前なんだから」
そう言うと、私の反論などお見通しとばかりに口付けし抱き上げた。
「何だか、十年前に戻った気分だよ」
そう言いながら、寝室へと歩き始める。
「そうね・・・・これから何が起こるのかも想像つくくらい・・・・」
私は困った様に笑い、変わらない愛おしさを伝えたくて「お手柔らかに、旦那様」とその耳元で囁けば、夜目にもわかるほど彼の頬に朱が走る。
一瞬、歩みを止めた彼だったけど、次の瞬間そう、まるで走るかのように寝室へと突進していった。
「うわっ!ア、アリオス!?」
驚きしがみ付く私を、あの時の様に優しくベットに下ろし覆いかぶさってきた。
「サクラ、この先の未来も、例え命尽きても、君だけを求め愛する事を誓うよ。次の世もどちらかが異世界へ生まれ落ちたとしても、俺たちは必ず巡り合う。今世のように。必ず」
それは、切ないほどの誓いと願望。
「例え、大切な家族や世界を捨てることになるとしても・・・俺は、求めるから」
その真剣な眼差しに、私は胸が締め付けられるほどの切なさと歓喜に満たされて、彼の頬をそっと撫でた。
願ったところでどうにかなるわけではない。でも、それは互いの気持ち次第でもあり、輪廻というものがあるのであれば、可能性は無いとも限らない。正に『神のみぞ知る』だが。
でも、それでも彼の誓いは何よりも嬉しい事だった。
異世界で生きていく私の唯一の光でもあり、居場所を作ってくれた人。そして、何より誰よりも・・・

「約束よ?私の愛しい人・・・・」

この一言で箍が外れ、翌日ベットの住人となり果てた私に、リズからは生暖かい眼差しを寄与されつつも「平和ですね」と、嬉しそうに笑う。
この奇跡の様な毎日が、何気ない毎日が幸せで。
私の生きていた世界と同じ青い空を見上げながら、この世界に落ち、彼等に出会えた事を感謝しながら、私も笑い返した。


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