きっともう恋じゃない。
金曜日の夕方、予定通りにまおちゃんは帰ってきた。
どの時間の電車に乗るのかは学校が終わった時点で教えてくれたし、駅に着いたとメッセージも入れてくれた。
迎えに行っていい?とは結局聞かずじまいで、そわそわとエレベーター前と玄関を行ったり来たりしていたら、ちょうど背中を向けたタイミングでチンッと小気味良い音が鳴る。
「あれ、和華。出かけてたのか」
「えっ、あ、ちがう、かも」
「かもってなに。俺のこと待ってたの」
振り向くと、帰省にしては身軽な姿のまおちゃんが立っていた。
着替えも日用品もまおちゃんの家に揃っているし、身一つで帰ってきたみたいだ。
スマホも財布もポケットに入れていて、手荷物はひとつもない。
「薫いる?」
「かおるならまだ帰ってきてないけど、どうしたの?」
「話したいことがあったからさ。まあ、あとでいいか」
そう言って自分の家に向かうまおちゃんの服の裾をつかんで止める。
ピンと張ったシャツに慌てて手を離すと、まおちゃんはきょとんとわたしを見下ろす。
ゴールデンウィークに会ったときと背丈は変わらない。
ちがうのは、ほんの少し焼けた肌。
「あの、ね」
「うん?」
「いま、わたしの家誰もいないよ」
「……は?」
まおちゃんの呆けた声を聞いて、ハッとする。
何の気なしに、薫はいないけど両親もいないから気兼ねしなくていいよって意味で伝えたはずが、きっと別の意味も含んでしまった。
「いや、うちにはたぶん母さんがいるし。帰ってきたってのは伝えないと」
「そ、そうだよね。ごめんね」
一ヶ月ぶりに帰ってきたのだから、まずはまおちゃんのお母さんに顔を見せるのが先に決まってる。
とんでもないことを口走った恥ずかしさと気の利かなさを猛省しつつ、一歩一歩と後退ってまおちゃんから離れる。
困ったような、心配するような目を向けられて、耐えきれずに家の中に逃げ込んだ。