きっともう恋じゃない。
全員揃って提出したあと、試験の日程を受け取って教室を出る。
勇気を出して三宅さんに連絡先を聞いたら、三宅さんも交換してくれるつもりだったというから嬉しくなった。
廊下の端でお互いの連絡先を登録していると、後から出てきた新見くんと矢澤くんが目敏くわたし達の手元を見遣る。
「俺も! 俺も教えて!」
「新見くん、声、もうちょっとおさえて」
「あ、ごめん。連絡先知りたい、ふたりの」
これまた極端に声を潜めて、なにかの取り引きみたいに携帯を差し出してくる。
悪いけど、と先に断った三宅さんが彼氏いるからって続けたのを聞いて、わたしもその理由でいこうと決めたとき。
「俺、久野ちゃんのこと好きだわ」
新見くんがとんでもない爆弾を落とした。
昨日も今日もずっとさん付けだったのに、どこに切り替えスイッチがあるんだと一瞬で思考を遠ざけたのも束の間、すぐに現実に引き戻される。
後ろで、あーあ、って呆れたような顔をしている矢澤くんは連絡先を交換する間もなく新見くんを置いて階段を降りていく。
三宅さんはわたしの肩にポンッと手を置いて、そっと耳打ちをしてきた。
「断りなよ。絶対」
それなら助け舟を出してくれたっていいのに、と視線で語るのもむなしく、三宅さんも先に帰ってしまう。
残されたわたしと新見くんの間には沈黙が落ちる、かと思いきや持ち前の強引さでグイグイと携帯画面を押し付けられて逃げるに逃げられない。
「な、お願い。試験で会うけどさ、ゆっくりする時間ないし。俺もっと久野ちゃんと話したい」
「いや、あの、わたし彼氏いるから」
「え、マジ? でも大丈夫!」
「なにが大丈夫なのかわかんないから!」
ダメだって三宅さんに言われたし、わたしだって嫌だけど。
また段々と声が大きくなっているし、こんなところを人に見られたら困る。
渋々連絡先を交換すると、新見くんは跳ね飛ぶように手を振って去っていった。
『須藤眞央』の下に追加された『新見伊吹』の文字。
削除を押そうとして、画面に触れかけた指を離した。
たとえ連絡が来たって無視をしてしまえばいいことだと気付いたから。
かわりにまおちゃんに『スクーリング終わったよ』とメッセージを送ると、ものの数秒で返事が来た。
おつかれって一言だけだったけど、噛み締めるとじんわり胸の奥が熱くなる。
まおちゃんだけが、わたしの好きな人だ。
それは変わらない、もう絶対に切れたりしない。
そう誓えるのに、新見くんがさらりと放った告白が黒い点となってぽつりと打たれていた。