きっともう恋じゃない。
向き不向きは参考程度に聞いておきたかった。
揺らぐかもしれないけど、あと一歩、境界線を踏むための後押しがほしかった。
それらをはっきりと告げて顔を上げると、先生は目を真ん丸くして呆けていた。
青い顎を擦りながら、キョロキョロと黒目を動かす。
「いやー……久野、結構しっかりしてるんだな」
「そんなへにょへにょな奴に見えてましたか」
「へにょへにょって。そんなことはないけど。でも、頼りなさはあったよ。安心した。そんな風に言えるようになったなら、この三年間は全部おまえの味方だ」
「味方?」
「今久野が言ったこと、ずっと覚えておけよ。これからの決断も、挫折も、困難も、どこに向かうときにも。自分を救う自分の言葉ってのは、他人の言葉よりも脆いかもしれないけど、案外こびりついて離れないもんだからな」
先生が精神論を説くのは意外だった。
熱血とまではいかないけど、目に見えるものをよく褒めている印象だったから。
専門学校にはここからの卒業生も多く、直接話を聞くことは難しくてもパイプ役を買ってくれるとのことで、お母さんも含めての三者面談の日取りや詳しいことはまた後日ということになった。
部屋を出て、廊下に出る。
階段に差し掛かるところでふと足を止めると、奥歯の辺りがじわりと痺れるような感覚がある。
ずっと揺れていたものが吹っ切れた瞬間は、こんなにも。
「あっ! 久野ちゃんじゃん!」
噛み締めた瞬間、階段下から新見くんが上がってきた。
踊り場からブンブンと手を振って二段飛ばしに駆け上るから、あっという間に目の前に立つ。