きっともう恋じゃない。
「俺も成績表もらってくる! そこで待ってて」
「え、ちょっと……」
断る隙もなくわたしの横を通り過ぎた新見くんの言うことなんて無視してしまえばよかった。
だけどすぐに断れなかったわたしもわたしだし、と階段側の椅子に座り、新見くんを待つ。
足元からじわりと熱気の押し寄せる廊下で壁のポスターを眺めているとドアの開閉音が聞こえた。
わたしのときのように時間がかかることなく、成績表を手に持って戻ってくる。
財布と携帯をポケットに入れて、手ぶらで来る身軽さ。
跳ねるようにわたしの隣に座って堂々と広げた成績表を見て愕然とした。
「えっ!?」
「おーさすが俺」
「……ぜんぶ、平均点」
「言っとくけど狙ってないからな」
よく見ると一点二点の誤差はあれど、ほぼ全教科が平均点。
狙ってなくてこの点数が取れるのは流石と言うしかない。
「苦手がないってことだよね」
「馬鹿って言っていいんだぞ。保みたいに」
「言わないよ。まもるって、矢澤くんで合ってる?」
「合ってる合ってる」
ぞんざいに成績表を曲げてポケットに押し込むと、そういえば、と新見くんが切り出す。
「久野ちゃんってカラオケ苦手?」
「行ったことない」
「え、マジ? 行く?」
「行かない」
本当はかおるに誘われて連れていかれたことがあるけど。
かおるの好きなゲームとコラボしてるとかで、しこたまドリンクを飲ませられたのはたしか、去年の今頃だったかな。
PV映像ばかり流していてろくに歌おうとしないからわたしもそれを観ているだけだった。
「じゃあどこ行く?」
「どこも行かないけど……もう帰るし」
「えーなんで。遊ぼうぜ。夏なのに勿体ない」
「あのさ、新見くん」
時間を示し合わせたわけでもなければ、約束を取り付けているわけでもない。
連絡を無視してしまったことを咎められないのは幸いだったけど、どこに誘われても乗ることはないと伝えたかった。
「わたし、彼氏いるって言ったよね」
きょとんと目を瞬く新見くんに、嫌な予感しかしない。