好きじゃない
駐輪場はなぜか薄暗い。
上下二段のラックに所狭しと自転車が並ぶ。

「なんかあった?」

蓮の自転車は上段にあって、ラックごと手前に引き出して下ろす仕組みだ。
慣れた手つきの蓮の動作を眺めながら、その背中に話しかけるように、つい私は口を開いた。

昨日、三人で駅まで歩いて帰ったこと、分かれてすぐ一人でエスカレーターに乗ったこと、そこですぐ後ろに元カレがいたこと、スマホが向けられていたこと、走って逃げられたこと、何もできなかったこと

気づいたらすごく事細かに話していた。
なるべく感情抜きで話したつもりだ。

蓮は自転車を押しながら、ずっと無言で最後まで聞いていた。

「まあ、乗れば」

蓮が顎で後ろの荷台を指す。
私は跨ると、よらよら自転車は前進した。

「被害届はー?」

突然蓮は前を見たまま聞いてきた。

「出してない。出す気もない。」

沈黙。
ふらつきがだんだんと心地よくなる。

蓮の背中がやけに近い。

突然信号もないのに自転車が止まる。

「俺、帰り家まで送ろっか?」

蓮が振り向いてきた。

「まあ、夏休みくらいまでなら。」と、付け足す。

「正反対じゃん」

私の声が小さく溢れる。

「うん」

蓮の声もほのかに聞こえた。

夏休みまで1週間。

私も小さく「うん」とお願いした。
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