月に魔法をかけられて
はぁぁ……。

化粧室の鏡の前に立ち、目の前に映る自分に重い溜息を漏らす。

鏡の前には、ノースリーブのワンピース姿の艶っぽいピンクのメイクをした、今にも泣きそうな顔が映っていた。

どうして泣きそうなの……?
どうしてこんなにもやもやするの……?
どうしてこんな気持ちになるの……?

鏡に映る自分に問いかける。

ズキンズキンと胸の奥が痛みで疼くだけで、答えは出てこない。

そのうちポロリと涙が零れてきた。

私は涙を抑えるように両手で頬を何度か軽くたたくと、鏡の中の自分に向かって言い聞かせた。

泣く理由なんて無いでしょ……。
何がそんなに辛いの……?
早く戻らないと副社長にまた怒られちゃうよ……。

そう自分に言い聞かせたあと、会場へ戻ろうとその場から足を踏み出した。




「何をそんなにイラついてるの?」

「イラついてなんかねーよ」

化粧室から出ようとしたところで、男女の言い合うような声が聞こえてきた。

このまま出ていいものかどうかわからず、一瞬立ち止まる。

「どうしたの? 彼女がステージに立っていろんな男性に見られるのがそんなに嫌だった? 可愛くて色っぽい笑顔だったもの。誰にも見せたくないわよね。うふふっ。だから言ったじゃない。早く捕まえておかないと知らないわよって」

女性は楽しそうに笑っている。

どうやら声の主は瞳子さんのようだ。

「うるせーな。早く戻れよ」

男性はかなり機嫌が悪く、瞳子さんが言ったように相当イラついているようだ。

「壮真がそこまでイラつくとはねー。惚れた女性の周りに男性が近づいてくるとそれはすごく心配よね」

えっ? 壮真って……。
うそ……。副社長……?

私は思わず声を出しそうになり、慌てて口を押えた。
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