月に魔法をかけられて
化粧室から戻ってからの私は、先ほどの話の内容が頭の中から離れず、パーティーどころではなかった。

パーティーが終わるまでの間、ただただ副社長の後ろ姿を見つめながら、ついて歩くことだけで精一杯だった。

パーティーが無事に終わり、私は会場のドアの前で挨拶をしながら見送っている瞳子さんやあゆみちゃんたちとは離れて、エレベーターホールの前で挨拶をしながら招待客を見送った。

エレベーターを待っている招待客があと数人になったところで、その中にいた純也さんが私の隣に近寄ってきた。

「美月ちゃん、このあとはもう帰るだけ?」

私にだけ聞こえるように、小さな声で囁く。

「はい。おそらくそうだと思うんですけど」

「そしたらさ、このあと飲みにいかない? 美月ちゃん、パーティーで何も食べてないでしょ?」

「あっ、そうですね。じゃあ、瞳子さんやあゆみちゃんたちも誘ってみましょうか」

瞳子さん……と名前を出したあとで、果たしてこの状態で普通に瞳子さんと会話ができるか不安になる。

しまった。あゆみちゃんだけにしておけばよかった……。

と思いながら純也さんに視線を向けると、

「いや、久しぶりに美月ちゃんと2人でゆっくり話がしたいなーと思ってさ」

純也さんは右手で前髪をかきあげながら、白い歯を出してニコッと微笑んだ。

「えっ、2人でですか?」

少しびっくりしながら目を見開いて純也さんを見る。

すると。

「山内さん、もう少ししたら会場の片付けが始まるから、その前に会場の中に招待客の忘れ物がないかチェックを頼む。それが終わったら俺に報告して。それと、あとでホテルの支配人に会えるか確認してくれるかな」

副社長が急に私たちの後方から現れ、少し機嫌の悪そうな低い声が落ちてきた。
< 130 / 347 >

この作品をシェア

pagetop