月に魔法をかけられて
「あっ、すみません。外食ばかりって聞いたからつい……。そ、そんなの困りますよね。ほんとにすみません。副社長、昨日今日とありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」

やっぱり言うんじゃなかったと思いながら車から降りようとすると、副社長が降りるのを制止するように私の右腕を掴んだ。

「いや、それって……、美月の部屋でってことだよな?」

「あっ、はい。今日はお家で作ろうと思って……。これから作るので少し時間がかかりますけど。それにたいしたものは作れませんが……」

副社長は私の答えを聞いて小さく息を吐くと、また言葉を続けた。

「そういう意味じゃなくて、俺、男だけど、美月の部屋に入ってもいいか聞いてるんだけど……」

またしても小さく息を吐きながら、今度はフッと口元を緩めている。

それを聞いてやっと副社長が戸惑った瞳を向けた意味が分かった。

「あっ、でも、副社長ですから……。4月から一緒に仕事をさせてもらって信頼できる人っていうのはよく分かってるし……」

「…………」

「あっ、彼女がいらっしゃるのに、そんな女の人の家になんか上がれませんよね。ほんとにすみません」

「…………」

「副社長?」

「そうだよな。やっぱり信頼だよな。信頼か……。信用されてんだな、俺……」

副社長が自嘲気味にぼそっと呟く。

「あ、あの、副社長……?」

「ああ、彼女はいないし、そんなのは気にしなくていいけど……。この近くに駐車場ってある?」

「えっ?」

「味噌汁飲んでいってもいいんだろ? 車を停めようと思って」

「あっ、そ、そうですね。このマンションの裏にコインパーキングがあります」

「じゃあ、そこに停めるか」

私たちは車を停めるため、マンションの裏のコインパーキングに向かった。
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