月に魔法をかけられて
お味噌汁を口に運んでいる間、なんとなく視線を感じて前を見ると、副社長が同じようにお味噌汁のお碗を持ったまま、私をじっと見つめていた。

食事をして体温が上がったのか、頬が少し赤くなっている。

「副社長、暑いですか? エアコン少し下げましょうか?」

窺うように顔を覗きこむと、

「はぁ──、やっぱりこれは天然か……」

視線を下に落としながら小さく息を吐いた。

「えっ、天然? うそっ、副社長すごい! 分かるんですか? 飲んだだけで違いが分かるなんてすごいです! 私なんて言われてもわからないのに。一応天然です。最近流行ってるんですけど、化学調味料とか保存料が無添加の出汁なんです!」

尊敬の眼差しを向ける私のテンションとは対照的に、副社長は何か言いたそうな、それでいてがっかりするような顔をしている。

「すみません。きちんと出汁を取らないとやっぱり天然じゃないですよね。鰹節とか昆布とかで出汁をとったことなくて……。もっと料理ができるようになればいいんですけど……」

「美月……、やっぱり天然だよな……」

「そうですよね。やっぱり本当の天然の方がもっと美味しいですよね。すみません……」

副社長は諦めたように「はぁー」と息を吐くと手に持っていたお碗をテーブルの上に置き、真剣な表情を向けた。

「あのな、美月……。出汁は天然でもインスタントでもそんなのどっちでもいい。だけどその天然は俺の前だけにしろ。他の奴には絶対に言うなよ。絶対に」

真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

どういうこと?
出汁は天然でもインスタントでもいいけど、この無添加の出汁は俺にしか使うなってこと?

他の奴には言うなって、最近人気の無添加の出汁だから、知ってる人は知ってると思うけど……。

そんなに気に入ったのなら帰りにあげようかな?
でも副社長料理しないよね?


えっ?
もしかして……。
この出汁でまたお味噌汁を作ってっていう意味?
ま、まさかね……。


ドクン──。


胸の奥で鼓動が大きく跳ね上がる。

私は顔を赤くしながらコクリと頷いた。
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