月に魔法をかけられて
ドクン──。ドクン──。

跳ね上がった鼓動がさっきから煩い。

急に副社長のことを意識してしまい、何も言葉が出てこなくなってしまう。

さっき副社長が言ったことはどういう意味なんだろう?


『その天然は俺の前だけにしろ。他の奴には絶対に言うなよ。絶対に』


副社長の真っ直ぐな瞳と、この言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。

またこの出汁を使ってごはんを作ってもいいのかな?
そう思っていいのかな?

自分の都合のいいように解釈してしまうことで、ますます顔が熱くなり、鼓動が激しく跳ね上がる。

頭の中では『そんなことあるわけないでしょ』と否定する私と、『今度は何を作ったらいっぱい食べてくれるかな? また副社長がここにごはんを食べに来てくれるのかな?』と期待する私が交互に出現する。

副社長に聞きたいことはたくさんあるのに、どう聞いていいか分からず、私は箸をテーブルの上に置くとグラスを手に取り、気持ちを落ち着かせるようにお茶をゴクリと飲んだ。


「美月、急に無口になってどうした?」

副社長がコップを持ったままの私の顔を覗きこむ。

「んっ? どうした?」

何も言わない私を心配そうに見つめる。

「お鍋とか……。おでん……とか……。シチュー……とか……」

こんなことを言いたいわけじゃなかったのに、出汁を使った料理が口から零れ落ちた。

「えっ? また作ってくれるの? 鍋いいよな。でも、おでんもいいな。シチューも旨そう」

副社長が目を細めてクシャっと笑う。

「じゃあ、次は鍋にするか? また美月の料理が食べれるなんて楽しみだな。いつにする? 来週の土曜? 金曜の方がいいか?」

嬉しそうに携帯のカレンダーを見ながらさっそく日にちを確認している。


(やっぱり、ごはんを作ってっていう意味だったんだ)


ねぇ、副社長。
そんなこと言われたら、私、嬉しくて好きになっちゃうよ……。
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