月に魔法をかけられて
携帯を見ていた副社長が、ふいに顔をあげて、カーペットの上に携帯を置いた。

緊張で副社長の顔をまともに見ることができず、視線が泳いでしまう。

「美月、金曜だと会社から帰って支度するのが大変だから、やっぱり鍋は来週の土曜にしようか?」

口元を緩めながら、ふわっと優しい眼差しで私を見つめる。

その笑顔に反応するかのように、ドックン──と痛いくらいの胸の音が響いた。


こんな顔で見つめられたら、
副社長のこと、もっと好きになっちゃうよ……。


これまで男の人の近くにいるのは怖かったはずなのに。
一生ひとりで生きていこうと思っていたのに。

いつの間にか、もう少し副社長に近づきたい、もっと副社長と一緒にいたいと思っている私がいて……。

自分でも気づかないうちに、心がどんどん副社長に惹かれていく。


でも……。でも……。
副社長には好きな人が、絵奈さんのことが好きなはず……。


私は膝の上でギュッと拳を握りしめながら、前を向いた。

「あ、あの……、ふ、副社長……?」

「んっ?」

「副社長にもし……、好きな人とかいらっしゃったら……、私がごはんとか作ったりするの……、申し訳ないなと思って……」

勇気を振り絞って、声を震わせながら、途切れ途切れ言葉を落とす。


ドッキン──。ドッキン──。
ドッキン──。ドッキン──。


副社長が口を開くまでの間、私の心臓は壊れてしまいそうなくらいのとても大きな音を立てていた。

そんな私の心臓の音を知ってか知らずか、副社長はとっても優しい笑顔を浮かべると、たおやかな瞳を向けた。
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