月に魔法をかけられて
バツが悪そうな顔をしながらも、私を真っ直ぐに見つめる。

「JGの後藤とは、ごはん行く約束してたじゃん? だからその……、付き合うのかな……とか思ったり……」

副社長がマグカップを手に取り、まだ湯気が立っているコーヒーをゴクっと口に入れた。

「わっ、あ、熱っ……」

「だ、大丈夫ですか?」

すぐにティッシュの箱を手に取り、副社長に渡す。

「わ、悪い。コーヒーが熱いの忘れてた……」

慌てながらティッシュを受け取る副社長の子供っぽい姿に、私は思わずクスッと笑ってしまった。

「好きな人はいません……。それに……、多分ずっと誰とも付き合うことはないと思います……」

「ずっと誰ともない? どうして?」

「昔、ちょっと嫌なことがあって……。それ以来、男性の近くに行くのが怖いというか……。距離を縮められるとすごく怖いんです……」

話しながら声が徐々に小さくなっていく。

「…………。何があったか聞いてもいい? あっ、言いたくなかったら言わなくていいよ」

私の全てを包んでしまうような柔らかい顔を向けて瞳を揺らす。

私は頷いて座り直すと、瞳子さんに話したことを副社長に話し始めた。

副社長は話を聞いている間、ひとことも話すことなく、真剣に私の話に耳を傾けた。
< 185 / 347 >

この作品をシェア

pagetop