月に魔法をかけられて
話が終わり、小さく息を吐きながらマグカップを口につける。

既にぬるくなってしまったコーヒーがほろ苦い。

「辛い話をさせてしまって悪かったな。辛かったよな、美月……」

私は小さく首を横に振った。

「じゃあ、さっき俺が抱き寄せたのも相当怖かったんだよな……。ごめんな……」

「ううん。大丈夫です。どうしてか分からないけど、大丈夫でした。副社長のフレグランスのせいかな。昨日、スーツの上着を借りていたからかもしれません。あのフレグランスの香りのおかげか、全然怖いと感じなくて。自分でも少しびっくりしています」

私は口元を緩めて薄っすらと笑顔を向けた。


副社長は悲しそうな表情をして私をしばらく見つめたあと、急に真ん中に置いていたテーブルを端に寄せ始め、ソファーを背もたれにしてホットカーペットの上に座り直した。

「なあ美月、俺の隣に来るの、怖い?」

自分の隣を指差しながら私に尋ねる。

「た、多分、怖くはないけど……、それより恥ずかしいです……」

顔が熱くなるのを感じながら、うつむいてしまう。

「じゃあ、ここに座ってみて。怖いと思ったら離れていいから」

私は立ち上がると、副社長の横に移動して、隣に座った。
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