月に魔法をかけられて
「どう? 俺の近くにいて怖く感じる?」

「大丈夫です……」

「じゃあさ、もう一回抱き寄せてみてもいい? 怖かったらすぐに言って……」

斜め上からとても真面目な顔をして私を見つめる。

私は小さく頷いた。


長い腕で私を怖がらせないように気遣いながら、ゆっくりと自分の肩に私の頭を引き寄せる。

「大丈夫? 怖くない?」

「大丈夫です……」

私の言葉を聞いた副社長は、そのまま優しく頭を撫でると、もう片方の手で私の手を握り、指の間に自分の指を絡ませた。

「美月……、ずっとひとりで辛い思いを抱えてきて苦しかっただろ? よくひとりで耐えてきたな」

私の心に寄り添ってくれるような言葉に、ぽろりぽろりと涙が溢れ出す。

「ほんとに辛かったよな」

辛い記憶を消してくれるかのように、何度も何度も優しく頭を撫でてくれる。

「我慢しなくていいよ。いっぱい泣いていいから」

抱き寄せられた腕の中で、副社長に守られているような温もりが私の嫌な記憶を少しずつ少しずつ溶かしてくれる。

副社長はしばらくそうやって私を肩に抱き寄せたあと、絡ませていた指を外し、両手ですっぽりと私を包み込んだ。

そして、大切なものにでも触れるかのように、今度は私を優しく抱きしめた。


どのくらい時間が経っただろう。

「美月……? 大丈夫?」

副社長の低い声が耳元で聞こえる。

私は身体をビクンと反応させながら、顔をあげた。
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