月に魔法をかけられて
「ひとつお願いがあるんだけど……」

少し視線を動かしながら、恥ずかしそうに私を見る。

「あのな。昨日みたいに、俺の名前呼んでくれない?」

「名前なんです?」

「うん。昨日、壮真って呼んだだろ? タクシーの中で」

顔を赤くして話す副社長に、私も顔を赤くしながら小刻みに首を左右に振る。

「昨日、美月呼んでくれたじゃん。俺に壮真って」

「私、そんなこと……。言ってない……」

「言ったよ。俺、ちゃんと聞いたから言ってるんじゃん」

副社長が少し意地悪そうな顔をして笑う。

「な、呼んでくれよ。美月」

今度は子犬を可愛がるように、頭を撫でながら頼んでくる。

「副社長、子供みたい……」

クスッと笑みが零れる。

「早く。呼んで美月。これは、上司命令!」

冗談っぽく上司命令と言っておきながら、真っ直ぐに真剣な表情で私をみつめる。

その真っ直ぐな視線を逸らすことができなかった私は覚悟を決めて口を開いた。

「そ、そう……、壮真……さん……」

恥ずかしさでいっぱいになり、瞬く間に顔が熱くなる。

副社長は嬉しそうな顔をしてニコッと微笑むと、今度はぎゅうっと強く私を抱きしめた。
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