月に魔法をかけられて
「あのー、すみません」

駅へと向かう途中、突然、黒いミニバンの車から降りてきた男性に声をかけられた。

その男性の方へ振り向くと

「この近くに、有名な蕎麦屋さんがあるって聞いたんですけど、知りませんか?」

お蕎麦屋さんを探しているのか、男性は不自然にきょろきょろと周りを見渡している。

「お蕎麦屋さんですか? お店の名前ってわかりますか?」

この近くに有名なお蕎麦屋さんってあったっけ?と思いながら私が聞き返すと、その男性は後部座席のドアをスライドさせ、中に座っていたもう一人の男性に声をかけた。

「お前、蕎麦屋の店の名前わかる?」

「いや、有名な蕎麦屋があるとしか聞いてない」

中に座っていた男性が答える。

すると、お蕎麦屋さんの場所を尋ねてきた男性が

「あの、山内美月さんですよね?」

と私に尋ねた。

名前を言われ、一瞬知り合いかと思い、その男の人の顔を見る。

次の瞬間、『今だ』とその男性が声を発したかと思うと、私は後部座席に押し込まれた。

「ちょっと、何をするんですか!」

必死に抵抗するものの、中に座っている男性に腕を掴まれ、車から出ることができない。

バタン──。

後部座席のドアが閉められた。
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