月に魔法をかけられて
「美月、コーヒー入れてくれたんだ」

シャワーから出てきた副社長が、タオルで髪の毛を拭きながらキッチンへとやってきた。

「はい。もう朝ごはんの時間はとっくに過ぎてブランチになっちゃったんですけど……、昨日瞳子さんからもらったパウンドケーキとコーヒーです」

副社長がお皿に乗せられたレーズン入りのパウンドケーキを見て、それをサッと持ち、ダイニングテーブルへと運ぶ。

「あっ、すみません……」

私はマグカップにコーヒーを注いでテーブルに持って行くと、椅子に腰を下ろした。

お正月だというのに、窓からは眩しいくらいの光が差し込み、部屋の中がとても暖かい。

目の前では、副社長が穏やかな表情でしっとりとしたパウンドケーキを口に運んでいる。

私は鼻腔を擽るコーヒーの香りを感じながら、幸せな気分に浸っていた。

「美月、このあと美月の家に荷物を取りに行く?」

既にパウンドケーキを食べ終えた副社長が、マグカップを片手に持ちながら私に尋ねた。

「はい。それでもいいですか?」

「ああ、いいよ。じゃあ、美月の荷物を取りにいって、それから一旦ここに戻ってきてから、また夜ごはん食べに出かけようか?」

「あっ、あの、それなんですけど……」

言おうかどうしようかと迷いながら、私は副社長の表情を窺った。
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