月に魔法をかけられて
リビングでは、先ほどと同じようにソファーに座ったまま腕と足を組み、テレビの画面を見つめている副社長の姿があった。

それとなく様子を窺いながら声をかける。

「壮真さん、何か飲まれますか?」

私の声にビクッと背中を揺らしながら、副社長が振り返った。

「何もいらない……。それより美月、ちょっとこっちに来て座って……」

いつもならニコッと微笑んでくれる顔も、今日は笑顔もなく、苦々しい表情だ。

私は言われた通り、副社長の隣に座った。

何か言いたいことがあるはずなのに、私を隣に座らせたまま、副社長は一言も話さない。

気づかれないように横目でチラリと表情を盗み見ると、腕を組んで、苦しそうに顔を曇らせている。

「壮真さん……?」

私は窺うように副社長の顔を覗きこんだ。

その声に反応するかのように、私にゆっくりと視線を向ける。

「何か言いたいことがあるんですよね? 何でも言ってくれていいですよ。さっきのことですよね?」

向けられた瞳に問いかけるようにそう告げると、副社長は静かに口を開いた。

「美月……、事件のことだけど……、会社のことは気にするな。会社は俺が何とかするから……。企業イメージが下がったとしても、俺がどうにかしてみせるから……。だから、聡ともう一度話し合って、いい方法を考えよう……。な、美月」

辛そうな声を出しながら瞳を潤ます。

「このままあの女だけ何も罰が与えられないなんて悔しくないのかよ。腹が立たないのかよ。なんで……、なんで美月だけがこんな辛い思いをしないといけないんだよ……」

副社長は思いをぶつけるように言葉を発すると、腿に拳を力いっぱい押しつけ、もう片方の手で髪の毛をギュッと掴んだ。
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