月に魔法をかけられて
穏やかな気持ちのまま歩きながら、副社長と出逢った頃のことを思い出す。

最初は副社長のことが怖くて、笑わなくて、話しかけるのも緊張して、とにかく秘書という部署から異動したかった。

いつからだろう。
副社長のことを怖いと感じなくなったのは。
副社長に惹かれ始めたのは。

そういえば、初めて長く時間を過ごしたのは、ウェスティンで会った時だったよね。

彩矢と聡さんが知り合いで、その聡さんと副社長が友達で。

あの時は副社長が寝てしまって、本当にどうしようかと考えて……。

でも、男性が怖いと思っていた私が、一緒の部屋にいても怖いと感じなかったんだよね。

相手が寝てたとしても、男性だったら怖いはずなのに……。

もしかしたらあの時から惹かれてたのかな?

ううん。違う。あの時はまだ怖かったもん。

一緒に夜ごはんを食べて、酔っぱらって、副社長のお家で寝ちゃったときかな……。

それから私のお家で私の作ったごはんを食べてくれて……。

あの時にはもう副社長のこと、好きになってたもんな……。


あんなに最初は怖いと思っていた人が、こんなにも優しくて、私のこと好きになってくれて、本当にうれしい……。


壮真さんに出逢えてよかった……。


隣を歩く副社長の顔をチラリと盗み見しながら心の中で「ありがとう」と呟く。

その一方で、今回みたいに私が全く気づくこともなく指輪を用意してくれたり、私の変化に気づいててもそんな素振りさえ見せないところを見ると、いつか浮気されたとしてもきっと自分は気づかないんだろうな……と思い、小さな溜息が漏れた。
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