月に魔法をかけられて
「私は昨年の4月から壮真さんの秘書として一緒に仕事をさせていただいてきました。確かに、愛想はそんなにいい方ではありませんが、壮真さんが努力され、勉強され、一生懸命仕事をされてきたのはこの一年で充分わかっているつもりです。仕事で辛いことや大変なことがたくさんあると思うのに、私には心配かけないようにとそんな素振りは全く見せず、愚痴ひとつこぼさず、自分の中で抱えて、ひとりで消化されています。

そんな心の優しい壮真さんに少しでも安らげる場所を作ってあげることができるなら、私は壮真さんのそばで一緒に生きていきたいと思っています。私は一般家庭の人間ですし、壮真さんにとって何も得になることはありませんが、それでも私を必要としてくれるなら、壮真さんと一緒に生きることが私の幸せです。これから壮真さんと一緒に人生を歩んでいきたいと思っています。どうかよろしくお願い致します」

テーブルに顔がついてしまうくらい、深く頭を下げる。

「美月……」

副社長の小さな呟きとともに、ふふふっとお義母さんの柔らかい声が響いた。

「美月さん本当にありがとう。壮真をそんな風に大切に思ってくれて。瞳子からは聞いていたんだけど、壮真って気難しいでしょ。結婚直前になって、やっぱり結婚をやめますとか言われたら私たちもショックじゃない? ねぇあなた、これで安心ね」

「そうだな。塩野部長や瞳子から聞いていた通り、しっかりとしたお嬢さんだ。壮真にはもったいないくらいだな」

社長とお義母さんが顔を見合わせて笑っている。

副社長は少し面白くなさそうな表情を浮かべているけれど……。


そのときタイミングよく瞳子さんが紅茶とケーキを持ってきた。

「なんだか話が盛り上がってるみたいね。紅茶が入ったからケーキでも食べましょ」

テーブルにとても香りのいい紅茶と生クリームたっぷりのいちごのショートケーキが並べられ、啓太くんが嬉しそうに声をあげた。

「けーき! けーきだ! ぼくもけーきたべるー」

「啓ちゃん、いっぱい食べていいわよー。今日は壮真がこんなに可愛いお嫁さんを連れてきてくれたお祝いなんだから。あっ、そう言えばお義父さんがそろそろ戻って来られるんじゃない? 瞳子、お義父さんのケーキも用意しておいてくれる?」

「わかったわ。ところでおじいちゃんどこに行ってるの? 美月ちゃんが来ること知らせていたのに」

瞳子さんが尋ねるようにお義母さんの顔を見る。

「それがね、ちょっと散歩に行ってくると言ったっきり、まだ戻ってきてないのよ。誰かと会ってお話でもしてるのかしら……」

「そのうち帰ってくるわよね。紅茶が冷めないうちに先に食べちゃいましょ」

瞳子さんも椅子に座り、みんながケーキを食べ始めた。
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