月に魔法をかけられて
「聡と彩矢ちゃんが付き合うのが、そんなにうれしいのか?」

いつの間にか副社長が私の右隣に立って、同じように彩矢たちの乗ったタクシーを見つめていた。

「あっ、はい……。久しぶりにあんなうれしそうな彩矢の顔を見たので……」

キラキラと街灯が煌めく道路に視線を移しながら、先ほどの「すごくうれしい」と呟いた彩矢の顔を思い出す。

「友達思いなんだな」

「えっ……?」

斜め右上に視線を向けると、副社長もフッと笑みを浮かべながら私に視線を向けていた。

視線がぶつかり、思わず心臓がドキンと反応する。

「彩矢は……、私の大学の時からの大切な友達なんです。聡さんのこと前から気になっていたみたいだったから、ほんとに良かったなって。あっ、副社長も友達思いですよね。聡さんの気持ちを彩矢に伝えてくれて」

「あいつは昔から好きな女にはヘタレだからな。こうでもしないと今回も無理だっただろうな」

「お互い、友達思いってことですね」

私は緊張しながらも副社長に笑顔を向けた。

「では、俺たちも帰るか」

「はい。お疲れさまでした。そして今日は色々とありがとうございました。副社長もお気をつけて」

そう副社長に頭を下げてお礼を言ったあと、私はくるりと反対を向いて東京駅に向かって歩いて行こうとした。

すると。

「おい、どこにいく? タクシーで回ってもらうから。一緒に乗って行けばいい」

「えっ? あっ、いえ、大丈夫です。私、電車ですぐですから。それに、副社長のお家とは反対方向ですし」

首と両手を左右に振りながら、必死で大丈夫だと拒否をする。

だけど。

「こんな時間に自分だけ車に乗って、社員を電車で帰らせる上司はどこにいる?」

と不機嫌そうな顔で言われ……。

私は副社長と一緒にタクシーに乗って帰ることになった。
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