月に魔法をかけられて
「村上社長は甘いものがお好きだとうちの秘書が申しておりまして、それでこのどら焼きを選んだようです」

「このどら焼きはね、黒糖が使われたふわふわの皮と上品な餡が絶妙でね、ほんとすぐに売り切れになってしまうんですよ……。並ばないとなかなか買えなくて……、これは嬉しい……」

村上社長が、いつもの感じとは違い、とても喜んでいる。

手土産ひとつでこんなにも様子が変わるものなのか?

俺は首をひねりながら、村上社長にとりあえず笑顔を向けた。

「ところで、副社長の秘書の方は、私が甘いものが好きだと知ってらっしゃるのですか?」

「はい。そのように申しておりました」

「そうですか……」

村上社長は、腑に落ちないような顔をして首をかしげながら、

「ちなみに、副社長は粒あんとこしあん、どちらがお好きですか?」

と俺に質問をしてきた。

「どら焼きの餡子のことですか?」

「どら焼きに限らず、和菓子の餡子です。どちらがお好きかと思いまして……」

俺はまだこの和菓子の話題が続くのか……と思いながらも、秘書が言っていた言葉を再び思い出していた。
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