怪事件捜査クラブ~十六人谷の伝説~
 *

 再び要が目を開けたのは、大島の明るい声音が聞こえたときだった。

「ついたわよ」

目を瞑るだけだったはずが、いつの間にか寝ていた。頭がぼんやりとする。あかねを見ると珍しく秋葉に起こされていた。
低血圧な彼女は、寝覚め悪そうに起き、頭を押さえながら秋葉を睨む。
 後部座席では、中年女性が男性に声をかけて起こしている。

 フィルター越しに建物が見えた。それはとても廃墟とは思えないほどキレイな外観をしている。避暑地にあるような、ペンションを思わせる木造の洋館だった。

 ドアを開けたあかねは、下りるなり小さく叫んだ。

「うわぁ。想像と違う……」
「ここ、三年前まではペンションだったからね。確か、九年くらい前に廃墟が潰されて建てられたんじゃなかったかなぁ? 反対側から見える景色が絶景なんだってさ」

 車から降りながら平然と答えた要を、あかねは驚愕した顔で降り返った。まだ調子が悪そうだ。

「アンタ、なんでそんなこと知ってるのよ?」
「調べたから~」

 歌うようにおちゃらけた要に、あかねは不機嫌につっこみを入れた。

「ドラえもんみたいに言うんじゃないわよ」
「もしかして、バスの中でスマホやってたのってそれか?」
「いんや。それは違うんだな、秋葉。メールしてたのよ」
「メール?」
「ま、そのうち分かるわよ」

 にやりと笑って、荷物を下すためにトランクに向った要の背に、「いや、今言えよ」と秋葉は呟いて後に続き、あかねは呆れて肩を竦めた。

「本当、秘密主義は治らないわね。……あの趣味は治ってれば良いけど」

 短い階段を上がり、葉の形のレリーフの飾りがついた木製のドアを開けると、広々とした玄関が広がっていた。大きなカーペットの先にリビングが見える。ローテーブルをソファが囲み、後ろには火の入っていない暖炉がある。

 リビングには段差があり、玄関から見るとソファや暖炉が少し沈んで見える。玄関の側にはペンションのなごりだろう。カウンターがあった。今は使われていないはずのカウンターはきれいに掃除がされている。置かれているのは固定電話のみで、めずらしいことに黒電話だった。そのすぐ後ろには二階に続く階段があった。

 反対側にはテーブルがあり、椅子が十席並んでいる。その奥に、客室が二部屋あった。三号室と四号室だ。
テーブルの隣にはドアのない部屋があり、生活観のある調理台が覗く。キッチンだ。
建物の中は現在営業中かと思うほど清潔で、埃一つない。

「なんでこんなにキレイなんですか?」

 あかねが後ろにいた大島を降り返った。大島はにこっと笑むと、その隣にいた男性に目線を投げる。

「実はここ、彼の持ち物なのよ」
「え?」

 驚いたのはあかねだけではなく、要も秋葉も、中年女性も目を見開いて男性を凝視した。彼は恥ずかしかったのか、少し頬を染める。

「僕、田中内巴(うちは)と申します。実は、このペンションのオーナーが、僕の叔父さんだったんですが、三年前に亡くなりまして……。伯父さんは結婚してなかったので、親族は妹である僕の母しかいなかったんです。それで、遺産として譲りうけまして」
「そうだったんですか」

 あかねはやんわりと同情する視線を送ったが、要は感慨深げに彼を見た。秋葉はというと、あまり興味がなさそうにただ頷いただけだったが、反対に顔を歪めたのは中年女性だ。

 一瞬、焦った表情を見せたが、そのあとすぐに薄っすらと頬を持ち上げた。大方、遺産と聞いて、金があると踏んだのだろう。その表情を横目で見て、要は片方の眉を跳ね上げた。

「でも、父と母の間でここを取り壊して別の施設を建てようという話になって、僕は伯父が残した物だし、ここも好きだったので、壊して欲しくなくて反対したんです。そしたら、そこまで言うなら僕に譲ると母が言ってくれて、それで、一年前からここに住むようになったんです。僕、元々都会は苦手でしたので、自然溢れるところで暮らすのが夢で……。不便もありましたけど、初めはとても楽しく過ごしていたんです。でも……」

 言い辛そうに、田中は大島をちらりと見た。大島は促すようにうんと頷く。

「そのうち、変なことが起こるようになって……」

 田中は緊張したように唾を飲み込む。

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