乙女ゲームの断罪エンド悪役令嬢に転生しました ~超弩級キャラのイケメンシークがお買い上げっ?!~

14.砂漠横断

「きゃ……」

「背筋をまっすぐにして、身体の重心をぐらつかないように注意するんだ。あとは足をかける鐙がないので、太ももで挟むといい」

「は、はい……でも、難しいですわ」

 すぐにジャファルが後ろの鞍に乗り込み、ローゼマリアを守るように両手を伸ばして手綱を掴んだ。
 ラクダが立ち上がり、カッポカッポと歩き始める。
 ジャファルが背中から、カフタンガウンでローゼマリアを包み込んだ。
 てっきり破かれた胸もとを隠してくれたのかと思ったが、彼の説明は違っていた。

「これから砂漠を横断するが、体力をすべて奪いかねないほど暑くなる。あなたは私の影に入っておくんだ」

「はい……わかりました。ありがとうございます」

「辛くなったら、私にもたれかかっていいぞ」

「でも……それではジャファルさまに、ご負担がかかりませんか?」

 首を捻ってそう問うが、彼が余裕の笑みを返してくる。

「私は砂漠に慣れている。大丈夫だ」

 体力をすべて奪いかねないほど暑いのではと思ったが、ジャファルが余裕の表情をするので、ローゼマリアは素直に従うことにした。

「昼までにオアシスに到着したい。さあ。出発するぞ」

 ジャファルの操るラクダが、蜃気楼で揺らぐ砂漠へと進んでいく。
 背後から、もう一頭のラクダに乗ったラムジがついてくる。
 ラムジの乗るラクダには、後ろのこぶを利用して荷物がくくりつけられていた。
 ジャファルが口笛をピュッと吹くと、どこまでも青い空からファイサルが舞い降りてきた。
 彼の肩にふわりと乗り、黄色いくちばしで毛繕いを始める。

「先は長い。辛くなったらすぐに言うんだぞ」

「はい。ジャファルさま」

 ローゼマリアは、彼の胸にそっと寄り添った。
 ジャファルと一緒なら大丈夫。困難な砂漠横断を前にして、そんな不思議な安堵で胸がいっぱいになった。


 §§§


(ジャファルさまの正体が、超弩級の難易度攻略キャラ『難攻不落のジャファさま』とわかったのはいいけど、どうして課金コンテンツの攻略キャラが、悪役令嬢のわたくしを助けてくださるのかはわからないわ。おそらく十年前に、なにかあったのだと推測するけど……)

 ローゼマリアは揺れるラクダの背で、十年前のことに思いを馳せる。

(シーラーン王国……確か十年前くらいに王権交代があったはず。確か……亡くなられた先王の弟が王位を継ぎ、内政が荒れた……だったかしら? 新しい国王は年若く、ミストリア王国に政治について学びにこられたような……)

 思い出した。シーラーン王国は、ほんの十年前まで、単なる砂漠の国であった。
 それが若き国王の斬新な政治手腕により、目を見張るほどの発展を遂げたのである。

(ダイヤモンドが発掘される鉱山の切り開き、エネルギーとして必要な油田の掘削、どちらも若い国王のアイディアで、それらの開発が成功したから国力が急激に伸びたのだわ)

 ローゼマリアはジャファルが、その国王と関連があるような気がした。

(まさかと思うけど……ジャファルさまが国王とか? まさかね。従者ひとりを連れて動き回る国王なんて、聞いたことがないわ)

 彼が、歴戦のつわものと称していいほど剣技が優れていることから、シーラーン王国の軍隊に所属しているのではないかと推測した。
 それが、なぜローゼマリアを助けてくれるのか、こればかりはさっぱりわからない。

 ただ今、わかっていることは――

 目の前に広がる世界が、今までとまったく違って見えることだ。
 青からオレンジへと連なる、グラデーションの空。
 どこまでも続く赤茶色の砂は、乾いた風に吹かれて、まるで波打つように繊細な模様をつくる。
 太陽は攻撃的なまでに強い日差しを注ぎ、ローゼマリアたちを容赦なく照らす。
 長く伸びる黒い影がゆらゆらと揺れ、砂漠横断がどれほど過酷かを物語っていた。
 見渡す限り、草木の一本もない。
 それでも二頭のラクダは、日陰ひとつもない砂漠を突き進んでいった。
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