そろそろきみは、蹴られてくれ。


「いや、えっと」


すー、とりあえず、息を吸おう。よし。そして構えをする。


「? 紗奈ちゃん、どうしたの」


橘の声が聞こえた。聞こえなかったふりをする。


「そろそろ戻るね! じゃっ」


いい言い訳が浮かばなかったら、逃げるに限る。ほんとこれ。


橘が本気を出したら、たとえ数秒遅れがあろうと、わたしなんかへいきでつかまえられるんだろうな。でもそれをしないのは、なんだかんだいって優しいのとか、常識人なのとかが影響していると思う。


さっきの発言については、真偽が分からなくて怖すぎるけど。


手を伸ばして呆然と立ち尽くす橘を置いて、全速力で走り去った。


……いっかい、靴が脱げてしまって失速したのは、忘れることとする。

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