赤鬼と黒い蝶
【信長side】

 明智城で自害したと思っていた帰蝶が、明智光秀庇護のもと生きていた。

 わしは合戦に明け暮れ、吉乃が産後の肥立ちが悪く重症に陥っていたことも知らず、帰蝶が落ち延びていたことにも気付かず、天下人になることだけを考えていた。

 愚かな自分を責めると同時に、わしを見据えた明智光秀の眼差しが妙に引っかかる。

 織田に勝ち誇ったかのような眼差し。
 奴は、嘘を吐いている。

 ――その夜、帰蝶の寝所に向かう途中、紅と廊下で擦れ違う。

 紅は寂しげな眼差しでこちらを見つめた。

 そんな目でわしを見るな。
 心底、紅を愛しいと思っている。

 わしが欲しいのは、紅、ただ一人だ。

 だが、男として生きることを選び、側室になることを拒んだのは、紅なのだ。

 後ろ髪を引かれる思いで、帰蝶の寝所に入ると、帰蝶は畳に三つ指をつき頭を垂れた。

 このわしを待っていたのか……?

 この城から追いやった、憎むべきこの信長を……。

 ――美濃国より輿入れした日のことが、走馬灯のように脳裏に過ぎる。

 腕を掴み抱き竦めると、帰蝶はガタガタと体を震わせていた。嫌がる女を抱くことは意に反し、正室とは名ばかりで一度も抱くことはなかった。

 帰蝶に拒絶されていると思ったからだ。

「帰蝶よ」

 帰蝶の腕を掴み引き寄せると、帰蝶は観念したように瞼を閉じた。

 震えることなく……。
 男の腕の中で瞼を閉じたのだ。
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