赤鬼と黒い蝶
「紅と初めて逢った日も、寒き夜であったな」

「上様、覚えていて下さったのですか」

 信長は口元を緩ませ、あたしを見つめた。

「紅は礼儀知らずのじゃじゃ馬であった」

「じゃじゃ馬とは……」

「男か女かもわからぬ、黒き(べに)をつけた異人。地獄の使者と見間違えたが、(くれない)は美しき蝶になった」

「……上様」

「その唇に、赤き(べに)をぬってやりたい」

 信長はそう囁きながら、あたしにキスをした。酒の味が口内に広がり、あたしの頬をほんのり赤く染めた。

 16歳のあたしは、大人が大嫌いだった。

 大人に反抗し、暴走族に入り総長となり、法に背き人を傷つけた。

 言葉の暴力を、弱い母に浴びせ、1人で生きていけると強がっていた。

 でも……。
 あたしは1人では生きられなかったよ。

 この時代にタイムスリップしても、していなくても、あたしは1人では生きられなかった。

 その証拠に、あたしはいまだに信長の庇護を受け生きている。

 ――母さん……。
 母さんに逢いたいよ。

「紅……」

 重なる唇が、甘い水音を奏でる。
 幸せであればあるほど、その甘い水音が、波紋を広げる破滅のカウントダウンに聞こえてならなかった。
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