赤鬼と黒い蝶
「男同士、遠慮は無用だ」

「殿にそのようなことをしていただくわけにはいきません」

「殿、殿と、よそよそしくなりおって。以前のように信長でよい」

「そうはいきませぬ。殿は殿でございます」

「何をごちゃごちゃと。わけのわからぬことを申すでない。わしに裸を見られてはまずいことでもあるのか?」

 信長の言葉に、一瞬身を縮ませる。

 あるに決まっているだろう。
 あたしは、女なのだから。

「……いえ。そのようなことは」

「ならばついて来い。帰蝶、紅をしばし借りるぞ」

(はい)

 心配そうにあたしを見つめる帰蝶。
 信長は多恵から薬草を受け取り、あたしの手首を掴みドスドスと床を鳴らして歩いた。

「わ、わ……」

 信長に手を引っ張られ部屋に連れ込まれたあたし。信長は人払いをすると、ピシャリと襖を閉めた。

 あたしは信長の広い背中を見つめる。
 信長は振り向くと、鋭い眼差しをあたしに向け、手首を掴んだ。

「いたっ……」

「なぜ平手が、紅をわしから遠ざけ、合戦ではなく帰蝶の側においたのか、そのわけがようやくわかった」

 心にずしりと響く低い声。
 さっきまでの信長とは、明らかに異なる。

 身の危険を感じ、思わず声を荒げる。

「殿、お離し下さい!」

 信長はあたしを畳の上に突き飛ばした。

「何をなさいます!」

「傷の手当てをしてやる。胸に巻いた晒しを、わしの前で解いてみよ」

「……そ、それは出来ませぬ」

「何故、出来ぬ。己で解けぬなら、わしが解いてやろう」

 信長はしゃがみ込み、あたしの着物の襟をムンズと掴む。

「お離し下さい! ……や、やめろと言ってるのが聞こえねーのかよ!」

「主君であるわしに、そのような暴言を吐くとは、何年経っても貴様は変わらぬのう」

 信長はあたしの両手を掴み、畳の上に押し倒す。

「やめろ! 離せ! この変態やろう! 俺は男だぞ!」

「貴様が男とな?」

 信長はニヤリと口角を引き上げ、晒しをずらした。信長の目の前に、胸の谷間が露わになる。

「やはり……女であったか。長きに渡りよくもわしを騙したな。帰蝶は知っておるのか!」

 あたしは信長を足ではね除け、乳房を隠す。

「於濃の方様は知りませぬ。俺の秘密を知っていたのは、平手政秀殿ただ1人……」

「平手と口裏を合わせ、わしや帰蝶を騙し何を企んでおったか申せ!」
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