ニセモノの白い椿【完結】
何度も寝返りをうつ。
でも、この目は冴えわたり、もう部屋の暗さにも目が慣れてしまった。
今、一体何時なんだろう――。
枕の元の目覚まし時計を見てみる。
――AM02:42。
溜息を吐く。
あんなに歩いて、疲れ切っているはずなのに。
脳が過敏になっているのか、少しの眠気も感じない。
喉の渇きまでも感じて、諦めて身体を起こした。
水を飲むために、キッチンに向かう。
真っ暗な廊下を通り、ダイニングへと足を踏み入れた。
当然だけれど、しんと耳につくほどに静けさが横たわっていた。
リビングのカーテンの隙間からこぼれる月明かりが、唯一物を見分ける助けになっている。
そっと冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを手に取った。
その時、冷蔵庫内にある、食材が目に付く。
そこには、二人で相談して買った調味料や、酒のつまみにしようと言って買っておいたチーズがある。
その時の光景が否応なしに蘇って来て慌てて冷蔵庫を閉じる。
コップに水を注ごうとした時、キッチンが綺麗に片づけられているのに気付いた。
木村は、最初の頃は食洗器ですらまともに使えなかったのに、今では完璧なまでに後片付けが出来るようになっていた。
これで、本当にいい旦那様になれるね――。
なんて思って、すぐに胸が痛む。そんな自分に呆れる。
冷たい水が喉を通る。熱帯夜の身体に染み渡る冷たさだった。
その冷たさが、私の心までも過敏にして。
不意に胸が苦しくてたまらなくなる。
私は、大人だから――。
そう言って言い聞かせたけれど、すぐ向こうに木村がいるのだと思うと、綺麗な去り方なんてどうでもよくなってしまいそうで。
木村は『特別な人』だから。
いい女装って颯爽と出て行くなんて、そんなこと出来るはずもなかった。
私は女で。木村は男で。
手を繋いだだけで苦しくなるほど惚れている男で。
この胸の奥でどれだけ膨らんでも外へと出すことができない想いは、今にも弾けてしまいそうで。
往生際悪く、足掻いてしまう。
最後に、どうか、許して――。
何かに身体を乗っ取られたみたいに、勝手に足が動いてしまう。