ニセモノの白い椿【完結】
リビングルーム脇にあるすりガラスの引き戸の前に立つ。
恥ずかしいほどに足が震えている。
胸のあまりの苦しさに、Tシャツがくしゃくしゃになるほどに胸元を握りしめていた。
この戸の向こうに、木村がいる。
怯んでしまいそうなほどの静けさの中、乱打する胸の鼓動だけがうるさい。
こんなにも震えているのに、その扉に手をかけてしまう。
その手だって、笑っちゃうほど震えている。
それなのに、止められなかった。
ごめん、一度だけ、許して――。
音を立てないように横へとスライドさせた扉の向こうに、ベッドに横たわる木村の姿がある。
当然、仰向けに寝ているその目は、閉じられていた。
一歩一歩近づくたびに、乱打が激しくなる。
それを抑えようと必死に胸のあたりを押さえるけど、いっこうにおさまる気配はない。
薄暗い部屋の中、木村の枕元に立つ。
ドクドクと経験したことないほどに胸が荒れ狂う。
目を閉じた木村の顔を見たのは初めてかもしれない。寝ているはずなのに、眉間にしわを寄せていた。
ドクドクドクとその胸の音が木村に聞こえてしまうのではないかと気が気じゃない。
でも、どうしても。
こうせずにはいられなかった。
震える身体のまま、上半身を屈める。
震える唇が初めてのそれに触れる。それは、ほんの一瞬で。
触れた瞬間に怖くなって、すぐに身体を起こした。
こんなことしておいて怖くなるとか、どうかしてる。
本当に、バカみたいだ。
でも、どうしても、自分を抑えられなかった。