ニセモノの白い椿【完結】
なんだかよく分からないけれど、とりあえず鍵をあけドアノブに手を掛ける。
ドアを開けたと同時に、勢いよくドアが開く。
「一体、どうしたの? 仕事は――」
「生田さん……っ」
そこには、首元のシャツとネクタイが緩められ、いつもなら無造作風でありながらきちんと整えられている髪が本当に無造作になっている、木村の姿があった。
そして、何がどういう理由か知らないが、恐ろしく慌てているようで。
激しく揺れていたその目が私の手にしていたスーツケースに向けられると、更に表情を悲壮感一杯にして玄関先に上がり込んで来た。そして、遅れてパタンと玄関のドアが閉じた。
「行くなよ」
「え……?」
行くな? どこに?
訳が分からなくて、私の頭の中はクエスチョンマークが飛び交っている。
「ニューヨークになんか行くなっ!」
訳が分からないままに、気付けば更にまた訳の分からないことをされていた。
勢いよく腕を掴まれたかと思ったらそのまま引き寄せられ、力任せに抱きしめられた。
腰は痛いほど強く腕で押さえつけられ、大きな手のひらが私の頭を掻き抱く。
密着する身体から木村の激しい胸の鼓動が伝わる。
「は? え……えっ? な、なにっ」
「って言うか、行かせねーよ。だいたい、ニューヨークってなんだよ」
「あ、あのっ、行かないわけには――」
何これ。この状況、一体何なの――?
もはや、誰に聞いていいのか分からない。
「ダメだ」
「ちょ、ちょっと――」
この人、何か、勘違いしていますか――?
声を上げているのに、耳に届いていない。
「この前言ったことは全部撤回する。あなたみたいな人、全部理解してあげられるの俺しかいないから。他の男なんて探さないでいい。俺にしとけ」
苦しいほどに抱き締められていたのに、今度はその手が私の両肩を掴み、真正面に木村の顔が現れた。その表情は、見たことないほどに必死なもので、真剣だった。
「あなたは俺といるんだ。だから、どこにも、行かせられない」
一刻も早く誤解を解いて、事実誤認を正さなければならないのに、木村のその目に一瞬言葉を失ってしまった。