ニセモノの白い椿【完結】
それはやっぱり、木村が私から離れて行かなければならなくなった時に、そっと離れてあげることなんじゃないか。
今、木村が私のことを大切に想ってくれていることは分かっている。
こちらが恥ずかしくなるほど、真っ直ぐな愛情を注いでくれている。
私も、木村と一緒にいたい。
それが許される間は、一緒にいたい――。
いつか、それが許されなくなったとき。私は木村の背中を押せばいい。
木村の将来にとって、確かな道を選ぶように。
それまでは。このままでいさせて。それ以上を望んだりはしないから、今は、このままで――。
自分の感情ばかりを優先できないのが、大人の恋で。
甘いばかりでは済まないのが大人の恋。
でも、私は確かに木村を愛してしまった。
だったら、苦味だってなんだって飲み込んでやる――!
それくらいの覚悟、出来ている。
木村に抱かれた時点で、そのくらいの覚悟はした。
少しずつ心の中が整理されて行く。
好きだから、絶対に後悔しない。ニューヨークから帰国する飛行の中でそう思ったのだ。
木村といられるなら、この先に苦しみが待っているとしても受けて立つ。
そう自分を叱咤する。そうしたら、鼻の奥がつんとした。
――生田さん、好きだよ。
私にくれる愛情を、今は全部感じたい。
今はちゃんと、愛する人と向き合いたい。そして、私もたくさん愛情を返したい。
(今、家に着いたよ。昨日、今日と一緒に過ごせて楽しかった。また、二人で過ごせる日まで頑張るよ。お休み)
しばらく経って木村からメールが届いた。
その文字を、指でなぞる。
時計を見れば、夜の10時になろうとしていたところだった。
少しの躊躇いの後、メールではなく電話をかける。
(どうしたの?)
すぐさま木村の優しい声が耳に届いた。
「うん。声聞いて、寝ようと思って」
(……そっか)
木村の穏やかで優しい声。私が話し出すのを待ってくれている。
「私もすごく楽しかった。だから、来週、木村さんがうちに来てくれるのも楽しみに待ってる。ご飯、美味しいもの作るから!」
勢いに任せてそう伝えたけれど、何の返事もなかった。
「……木村さん?」
(あ、ああ、うん。楽しみだ)
電話越しで聴く木村の声は、鼓膜を通って胸の奥までたどり着く。
「じゃあ、おやすみ」
(おやすみ)
おやすみの声は、私の胸に雫となって落ち、静かに優しく広がって行った。