ニセモノの白い椿【完結】
「俺は、結構だ」
「木村さんって、ホント、そういうの全部断りますよね。何でですか」
身体ごとこちらに向けて、顔を突き出して来る。
鬱陶しい奴め。
「必要ないから」
「くーっ。なんか、腹立ちますね、その発言。あ、でも、そうか。木村さんは、超お嬢様なんかとお見合い結婚するんですよね。忘れてました」
どうしてだか俺が頭取の息子だということは誰にでも知れていて。そして、そんなことまでも一緒に広まっている。
「見合いなんてしねーよ。もう、うるさい。仕事するから邪魔するな」
はぁ――。
うるさい後輩のせいで、またも無駄な溜息を吐いてしまった。
強制的に会話を終了するために、パソコンのキーボードに手を置く。
「はいはい。まあ、木村さんなら、見合いなんかしなくても自力でいい女選び放題ですよね。あっ、そうそう、いい女と言えば――」
こいつ。ほんっと、空気読めねーな。
俺の態度から何も察することなく、遠慮なく喋り続ける。
「見ました? 窓口後方担当の生田さん。今朝、虎ノ門支店から何かの用で来ていた支店長に声かけられてましたよね」
「……え?」
無視してやろうと思っていたのに、”生田”という固有名詞を耳にして反射的に聞き返していた。
「仕事で来ていて、よその支店の行員に何してんだか。やらしー目で見てたって話です。でも、生田さんなら仕方ないよなー。あの人、びっくりするくらい綺麗っすよね。どうしたって二度見しちゃうもんなー。実は、生田さん来てから、窓口のお客様来店数、増えてるって噂ですよ? だから、後方事務じゃなくて窓口担当に変えたらいいなんて話も小耳にはさんだりして。まあ、それは冗談だとしても、客だったら来ちゃいますよね。そういう俺も、つい、用もないのに一階の窓口付近通っちゃうし。へへ」
放っておけば延々と動いていそうなその口を見て、居てもたってもいられなくなって。
気付けば、声を荒げていた。
「いい加減、黙れ。仕事しろ!」
腹が立つ。無性に腹が立つ。
「こわっ! 何をそんなにイライラしてんすか……」
わざとらしく怯えた目を俺に見せて来たから、今度は無言で睨み返す。
「分かりましたよ。仕事しますよ」
やっとその減らず口が止まった。
それでも、この胸のもやもやは消えない。