ニセモノの白い椿【完結】
どういう、意味だ――?
そして、誰だ。
「何、その顔。俺が誰だか、分かりませんか?」
今度は、そのパターン?
本当に、東京の男って……。
確かに、私はこれまで数多くの男に声を掛けられて来た。でも、一日に何度もというのは初めてだ。
そこにいたのは、黒縁眼鏡をかけた、スマートな男。
無造作でありながら、きちんとしていて清潔感を失わない髪型――。
ん――?
あれ……。ふと、考え込む。
あ――!思い出した。
「この前、ここの廊下でぶつかってしまった方……。先日は、すみませんでした」
その黒縁眼鏡に覚えがあった。
「……本当に、気付かないの?」
「え……?」
組んでいた腕を下ろしポケットに手を入れ、私の方へと一歩一歩近付いて来る。
「俺、ですけど」
さっき、立科さんが座っていた椅子に腰かけた。
そして、おもむろにその眼鏡を取る――。
その顔は、忘れたくて記憶から抹消したもの。
な、なんで――!
「分かった? あなたと一夜を共にした男です」
にやりと口角が上がる。
その嫌味な笑顔と、その声と……。
記憶から抹消したはずなのに、
堰き止めていた水が溢れ出すみたいに、次々と記憶が蘇って来る。
パニックだ。
頭が上手く働かない。それでいて、恐ろしいほどに焦りまくっている。
どうしよう。
どうして。
どうしよう。
激しい動揺が身体を埋め尽くして、声が出ない。