ニセモノの白い椿【完結】


外に出ると、三日月が見えた。

輪郭がくっきりとしたその月を見たら、椿の声が聞きたくなった。
ポケットからスマホを出し、椿の番号にかける。
少しの呼び出し音のあと、落ち着いた声が耳に届いた。

(もしもし)

「俺だけど」

(うん)

椿の低めの声は、偽りない彼女の素の声。俺は、その声が好きだ。

「今、何してた?」

(今? ちょうどお風呂から出たところ)

説得すると言っても、あの両親だ。簡単にはいかないだろう。
どれだけ時間をかけても、もし、状況が変わらなかったら―。

(木村さんは?)

「ああ、俺はちょっと実家に寄ったところ。これから帰る」

(……そうなんだ)

少しの間があって、椿の声がした。

どれだけ力を尽して、椿を傷付けないようにと思っても、結局、傷付けることになるかもしれない。辛い思いをさせてしまうかもしれない。椿にとって、相手は俺ではない方が、ずっと楽に幸せになれるのかもしれない。それでも――。

「ねえ、椿」

(ん?)

「……愛してる」

スマホの向こうで、椿が息を飲んだのが分かる。

(急に、何?)

焦ったように椿がようやく声を発した。

「この言葉を言ったのは、初めてかな」

(……そうかな)

ぎこちなく答える声に、俺は重ねるように言葉を吐いた。

「どうしても言いたくなった」

どうしようもなく愛してしまったから。
だから、俺の我儘を聞いてくれ。何があっても、俺とずっと一緒にいて――。

もう一度夜空を見上げれば、さっきはあった三日月が、大きな雲に覆われていた。




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