ニセモノの白い椿【完結】
「本当に、特別何があったってわけじゃないよ。ふっとね。ロッカールームで着替えてたら、部屋に行こうかなって思い付いて。それじゃ、だめなの?」
上目遣いで聞いてみれば、木村が慌てたように首を振った。
「まさか。それならそれでいいんだ。むしろ大歓迎」
安心したように、その表情を笑顔にする。
そして、愛おし気に私の頬を包み込む。
「椿がいるなんて思いもしなかったのに帰って来たらいるなんて、なんのご褒美だよって、すごく嬉しかった」
「深読みせずに、そう思ってくれればいいの!」
二人で顔を近付けて笑い合った。
本当に幸せだ――そう実感する。心なんて常にふわふわしているみたいで。
お肌なんて、多少睡眠不足でも化粧ノリが良かったり。
女として、最高に満たされている。
「椿、今度の週末、ちょっと遠出しない? 一泊二日で。二人で旅行したことないし」
「旅行? 今からで、宿、取れるかな」
「任せて。実は、既に予約済み」
木村が悪戯っ子みたいな目で私を見た。
「……ありがとう」
いつの間にそんなことをしていてくれたんだろう――。
素直に感動していた。
「ゆっくり過ごそう」
だめだ。幸せで、のぼせる。二人で旅行なんて、のぼせたって仕方ない。
どうしよう、久しぶりに、心躍る。
次の日――。どうして、不意に木村の部屋に行きたくなったのか。それを理解する。
女の第六感なのか。何かは分からないけれど、”何か”の予感があったのかもしれない。
それで、本能で、木村に会いたくなった。触れたくなったのだろう。
「すみません、突然お呼び立てして」
「い、いえ」
詫びているとは思えない超攻撃的な視線を、私は今向けられている。
私より明らかに若いくせに、その上、初対面なのに何となく態度が大きい。
視線は同じくらいなのに見下ろされている感じすらする。
「生田、椿さん――ですよね?」
呼びたてたあなたがまず名乗りなさいよ――。
思わず心の中で悪態をつく。
この日、仕事中の職場に、私宛の電話が入った。
――木村陽太のことで、お話があります。お時間ください。それからこの電話のことは彼には内緒で。
そんなふざけた内容の電話だった。
どうして私の名前を知っているのか。
どうして、そんな一方的な要求だけの電話なのか。
聞いてやろうじゃないの。