ニセモノの白い椿【完結】

仕事後に、指定されたカフェで、どこの誰だか分からないお嬢さんと向き合っている。
まったく分からないけでもない。木村の関係者であることだけは間違いない。

「生田さんは、陽ちゃんと付き合っているんですよね?」

陽ちゃん――?

表情が険しくなってしまいそうになる。
とりあえず、平静さを保ち静かに口を開いた。

「申し訳ございませんが、そちらがどなたか先に教えていただけませんか?」

「ああ、すみません。私、唐島梨緒(からしまりお)と言います。陽ちゃんとは子供の頃からの付き合いで。幼馴染、という関係でした」

なるほど、そういう話ね――。

胸の奥が一瞬鋭く痛んだ気がしたけれど、それには気付かないふりをしておいた。

とうとうこの日が来たかと、どこか他人事のように思っていた。

木村が実家に帰ったと言っていた日から、いつ、木村の関係者が私の前に現れるだろうかと、そう頭の片隅で覚悟をしていたかもしれない。

ドラマの見過ぎかもしれないが、だいたい金持ち男と身分差の恋をすると、金持ちの男の関係者が派遣されて来て釘を刺す。

まさにドラマみたいなことが起きているわけだ。

今回の場合は幼馴染と来た。

「それで、木村さんの幼馴染さんが、どうして私のことを?」

どうして私の名前を知っているのか。何をどういうルートで知り得たのか。
それはかなり大事なことだ。

「陽ちゃんが、将来を考えている人がいるなんてご両親に言うから。手を尽して、調べました。陽ちゃんのお宅、今大変なことになっているんですよ? そんなご両親を見ていられなくて、こうして私が参りました」

木村の父親は私たちが勤める銀行の頭取――。心配に駆られて調べたのか……。
ということは、私と木村の関係を少なくとも怪しんでいる人間が支店内にいる――そのことが、私の心に大きく影を作る。

「どういうつもりで陽ちゃんと付き合っているんですか?」

その幼馴染が身を乗り出して、声を荒げた。
肩上のくるりと巻かれた髪が揺れて、つやつやの唇がせわしなく動いている。

「それは、木村さんには直接お聞きになられたんですか? 幼馴染なのでしたら、私のところではなくまず木村さんのところに行く方が自然なのでは?」

これは、私のプライドと。
そして、木村の立場を最大限に配慮した苦肉の策。

否定も肯定もしないためには、こう切り返すしかない。

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