ニセモノの白い椿【完結】
あの男が、黙ったままでいてくれる保証なんて何もない。
むしろ、酒の席で、どうでもいい話題の一つくらいにされないとも限らない……。
「――生田さん」
ここは、どうするのが正解?
完全スルー?
もしくは、あの男に頭を下げる――?
「あの、生田さん」
「は、はいっ」
気付けば、私の真正面に白石さんが座っていた。
「あっ、そろそろ私の休憩時間終わる頃ですよね。すみません」
白石さんがここに現れたということは、私の休憩時間はもう終わりということだろう。
そんなにも時間が経っていたことに驚きつつ、席を立とうとした。
「いえ、まだ大丈夫ですよ。おにぎり、全然減っていないみたいなので、どうぞゆっくり食べてください。私もご一緒していいですか?」
「はい、もちろん」
なんとなくここは逃げたかったけれど、白石さんの微笑みに笑顔で答えた。
手にしていたおにぎりは半分も減っていなかった。それなのに、舌触りがパサついて食べる気にならない。それに頭の中は別のことでいっぱいで、味も何だかよくわからなかった。
「――初日から、木村さんと親しくなれるなんて、さすがですね」
「え?」
白石さんのにこやかな表情は変わらないのに、その言い方が少し引っかかる。
「何が、ですか……?」
どこが、どうさすがなのか――。
意味が分からず、白石さんを見つめてしまう。そうすると、彼女が少し身を乗り出して来た。
「木村さん、うちの支店のエースなんですよ。法人営業担当で、成績も常にトップなんです」
「そうなんですか」
まあ、チャラそうだし。営業向きだろう。
どこの支店にもエースはいるもので。特別どうという興味も湧かない。
むしろ、銀行員の男なんて大嫌いだ。元夫でこりごりだよ。
「それだけじゃないんです。木村さん――」
さらに顔を近付けて、声を潜める。
それにしても、初対面に近い私に、早速そんな情報を入れて来るなんて。
白石さん、見かけによらず噂好きな人なのだろうか。
「ここの頭取の息子さんなんです」
「頭取、ですか……?」
頭取――?
ここは、大手都市銀。そこの頭取って……。
木村という男に大して興味も湧かなかったけれど、その言葉だけは重く重く響いた。