ニセモノの白い椿【完結】
「その時間も、いつか、いい思い出に変えられると思う」
絞り出した声は、恥ずかしいほどに掠れていた。
「……どうして、俺といたんだよ。別れるつもりだったんなら、どうして……っ」
「好きだったからだよ」
これ以上はもう無理だ。
そう思うと耐えられなくなって立ち上がった。
「私たち、付き合っていたのは一か月くらいだし。きっとすぐ思い出に出来る。私、木村さんには本当に感謝してる。短い時間だったとしても、一緒にいたこと後悔なんてしてないよ。せっかく二人で過ごした時間だから、木村さんにもいい思い出にしてほしい」
恋は夢の中にいられても、結婚は現実だ。
一度経験しているから分かる。
恋は二人の世界だけれど、結婚は家族を巻き込む。
私は、一度目の結婚で少なからず両親を悩ませた。
親の思いというものも、分かるつもりだ。
「待てよ」
木村の手が私を掴む。
「このまま帰すわけないだろ?」
低く響く声と冷たい手のひらに、心が冷えていく。
「これ以上、辛い別れにしたくないから。楽しかった時間だけにしたい。お願い、離してーー」
この選択は、間違っていない。
私は、間違っていない――。
呪文のように何度も言い聞かせた。何度も何度も繰り返す。
振り払った手が離れて行く。
「さよなら」
虚しく響く言葉は、行き場をなくしてその場で消えた。