ニセモノの白い椿【完結】


これで本当に良かったのか。
本当に、木村のためになったのか。

そして、私は、本当に後悔しないと言えるのか――。

そんなこと、一瞬たりとも、ほんの僅かでも思いたくない。
思うべきではない。


これまで、節約生活を心がけて来た。
いつ仕事を辞めることになっても、何かを始めるにしても困らないように、なるべくお金は準備しておくようにしていた。

木村と私とでは働くフロアが違う。
別れたあの日から、顔を合わせることはなかった。

会わないようにするという努力をすれば、こんなにも簡単なことなのだと知る。

それでも、ただの一支店内。
同じ職場にいるというのは木村にとっても気まずいだろう。
何より、私が気まずい。木村の父親の目もある。

私から一方的に関係を終わらせたのだ。

最後まで木村のことを考えるなら、私が仕事を辞めるのが筋だろう。
それに、契約更新の時期が来た時に、その契約を更新しないという選択をすれば迷惑は最小限にできる。

そう考えると同時に、自分のこれから先のことにも目を向ける。

これからどうやって自分の足で生きて行くのか――。

それを考え始めていた。




木村と別れたあの日から、一か月と少しを過ぎた頃の11月初旬。

「生田さん、聞きましたっ?」

私より後に出勤して来た白石さんが血相を変えてロッカールームに飛び込んで来た。

「何ごとですか?」

「木村さんが、辞めたらしいです!」

「……え?」

白石さんの言ったことが、まったく理解できない。
意味不明、とはまさにこういうことを言うのだろう。

「辞めたって――」

「うちの銀行ですよ!」

な、んで……?

白石さんの前だということも忘れて、私はただ呆然と立ち尽くした。



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