ニセモノの白い椿【完結】
――好きだったからだよ。
最初から別れるつもりだったのならどうして俺といたんだと聞いたら、椿がそう答えた。
なんだよ、それ。だったらなんで――。
椿が出て行った部屋は、一気に気温が下がったように冷え冷えとして、
心も身体も硬くしていく。
あまりに突然のことだった。
ほんの一週間前は一緒に旅行して。
別れるなんてこと、片隅にも過ったことはない。そんな余地はどこにもないと思っていた。
あまりの急転直下の現実に、起きたことを飲み込めていない自分がいる。
彼女がいなくなる。もう笑いかけてくれなくなる――。
そんなこと、どうやって受け入れろと?
どんなに理解することを拒否しても、それは決して夢なんかじゃなかったのだと俺に突きつけて来る。
おもむろに顔を上げると、椿に渡したはずのマンションの鍵がテーブルの上に置かれているのが目に入った。
どうして――っ。
俺は、間違えたのか。
方法を、間違えたのか――。
混乱した頭で、何も考えがまとまらないけれど、結局行きつく先は、椿への想いだけだった。
衝動のまま、椿を追いかけようと腰を上げる。
でも、それではきっと、何も変わらない――。
この状況の中で、椿が下した判断なのだ。
感情のままに動いたところで、何が変わるというだろう。
無理やりにでも力づくにでも捕まえておきたい気持ちを懸命に押し止め、俺はただ椿のことを考え続けた。